今年でプロ23年目を迎えたヤクルトの石川雅規。44歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。現在まで積み上げた白星は185。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2024年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。 「悔しさ」をシフトチェンジして、力に変える

4月16日の中日戦が今季の初先発だった石川
石川雅規にとっての2024(令和6)年シーズンは、開幕からおよそ2週間経過した4月16日、バンテリンドームでの中日ドラゴンズ戦からスタートした。当初は、開幕6戦目となる4日の対
広島東洋カープ戦での先発が予定されていたものの、3日の雨天中止による影響で、16日にまでずれ込んでしまったのだ。
「さぁ、来た、来た、来た! 16日の試合前はそんな心境でしたね。緊張と興奮、そして不安……。そんなものを全部足して、足して120パーセント。そんな感情でした」
プロ23年目を迎えた石川の口調は明るい。口では「不安」と言いつつも、「興奮」や「歓喜」が勝っているのがよく伝わってくる。同時に、彼はこんな思いも抱いていたという。
「改めて感じたのは、“この一軍のマウンドに立てるのは当たり前のことじゃないんだぞ、石川!”という思いですね。若い頃は黙っていてもローテーションで順番が回ってきたけど、最近では、一軍マウンドに立つことの難しさ、ありがたさをよく理解できるようになりましたからね」
冒頭で述べたように、今季は「開幕ローテーション6番手」としての役割を与えられてスタートした。しかし、そこには複雑な感情があったという。
「元々、開幕投手を目指して頑張ってきただけに、開幕投手になれなかった悔しさが、まずはあります。ローテーション6番手に入ったのも、ライアン(
小川泰弘)が離脱したことで、そこに何とか入り込めたというのも、自分ではわかっています。それはやっぱり悔しいですよ。だけど、“悔しい”と思うだけなら、誰でもできること。その悔しさをどうやって結果に、数字に結びつけることができるか? 悔しさのシフトチェンジを意識しました」
それは、石川流のアンガーマネジメント術である。もちろん、いつも本人が言っているように、「僕は聖人じゃないので、感情のコントロールができなくなるときもある」のも事実だ。しかし、石川は「聖人」ではなくても、「一流のプロ野球選手」である。
「すぐに気持ちを切り替えることはできないですよ。でも、結果を残すためには気持ちのシフトチェンジをした方がいい。だから、切り替えることもできるんです」
結果を残すためには、どちらが得で、どちらが損なのか? 技術の向上、そして勝利において、徹底した実利主義、現実主義であることも、石川が23年にわたってプロの世界で生き抜くことができた理由の一つなのだろう。
今季初登板は5回76球、無失点の好投
16日の今季初登板では、石川らしい老獪なピッチングが披露された。ランナーを出すものの、決定打を与えることはなく、いずれも無失点で切り抜けた。ベテランらしいピッチングが冴えわたった。
「あの日は決して調子がよかったわけではないので、“今日はこういう日なんだな”って割り切った上で、“今日はどうやって抑えようかな?”と意識しながらマウンドに立っていました。だから、試合中もタイミングやひじの位置をいろいろ変えながら投げていました。“単打なら仕方ない、長打だけは警戒しよう”という思いでしたね」
結局、今季初登板は5回を投げて76球、6安打無失点という結果に終わり、石川に勝ち負けはつかなかった。もちろん、本人としては「6回も投げるつもりだった」が、6回表、自身の打席の際に代打を告げられて降板を余儀なくされてしまった。テレビ中継では、ベンチ内で悔しがる石川の姿が映し出されていた。
「5回を抑えてベンチに戻ってきたときに、智さん(
伊藤智仁ピッチングコーチ)がやってきて、“マサ、ご苦労さん”と言われました。ヒットは打たれていたけど、球数もまだ76球でしたし、やっぱりもっと投げたかったですよ。ここ数年は5回で代わることが多いけど、それが僕の今の評価です。6回も任せてもらえるようなピッチングができていない自分に非があるのはわかっているけど、やっぱり悔しかったです」
前述したように、「開幕投手になれなかった悔しさ」を、自らの力に変えるべく気持ちを切り替えて、石川は今季初登板に臨んだ。もちろん、この試合での「5回降板の悔しさ」もグッと呑み込んで、次回登板のエネルギーに変えようとしている。だからこそ、率直な疑問を石川にぶつけてみた。
――常に謙虚な思いでいるのは辛かったり、苦しかったりしませんか?
石川の言葉を聞こう。
「謙虚ぶっているだけだし、“謙虚な人間でありたい”という願望があるからそうしているだけで、本音の部分で言えば、まったく違う自分がいるのは事実です。でも、大人なんで、仕事なんで、“チームのために”という思いがあるから、そういう自分を表現しているだけです。僕にだってプライドはあります。でも、やっぱり“チームのために”という思いがあるから、その指示には従います。それは《怒り》ではありません。やっぱり、《悔しさ》といった感情で、それが次の自分を動かす原動力になっている。そんな気がしますね」
「ケガをするな」「敵を作るな」という古田敦也からの教え

新人時代に古田から受けた教えを今も忘れていない
秋田商業高校時代、あるいは青山学院大学時代を知る関係者に話を聞くと、「石川は意外と短気です」という意見が聞かれた。本人もまた「僕は基本的に短気です」と語る。しかし、それを表に出さないようにしているのは、ルーキー時代に受けた「ある教え」があった。当時の正捕手だった
古田敦也氏からの言葉である。
「入団してすぐ、春のキャンプのときに古田さんとお話する機会があって、そのときに二つのことを教わりました。一つは“ケガをするな”ということ。そしてもう一つは“敵を作るな”という教えでした。“みんなに好かれる必要はないけど、敵を作るなよ。みんなに応援される選手になりなさい”ということを言われたんです」
石川の生真面目な一面は、このような点にもよく表れている。入団時に言われたことを23年経ってもなお、心に留め、肝に銘じているのである。
今季初登板は白星も、黒星もつかなかった。それでも「5回無失点」という結果が、石川に「今年もやれるぞ」というさらなる自信を与えた。さらにこの日、石川はもう一つの手応えも手にしている。それは、「最高球速が130キロに満たなかった」という事実である。
「この日、130キロに満たずにストレートは120キロ台後半でした。自分では、“まさか130キロも出ないなんて……”という思いはありました(苦笑)。でも、実は理想としているのはそこにあります。ストレートと同じ球速帯でカットボールだったり、
シュートボールだったり、落ちる球を投げたいんです。球速がないからこそできるピッチングを試行錯誤しているので、“こういう投球をすればいいんだ”という一つの形が見えた気がします」
もちろん、このことを手放しで喜ぶほど彼は単純ではない。石川は続ける。
「同時に次回登板に向けての課題が何点か見つかったので、ブルペンで投げたり、キャッチボールをしたりして、そこを修正して次回登板に臨もうと思っています。ちょっと、つかんだ感じがあるので、自分でも楽しみなんです」
これまで、本連載において石川は何度も「自分で自分に期待する」と口にしてきた。そしてそのスタンスは、プロ23年目を迎えてもなお変わっていない。次回登板もすでに決まっている。今はただ、その日に向けて万全の調整をするだけだ。「23年連続先発勝利」、そして悲願の「200勝達成」に向けて、石川の新たなシーズンが、ついに始まったのだ――。
(第三十三回に続く)
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