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長谷川晶一 密着ドキュメント

第三十三回 ついに石川雅規の“開幕”――23年連続勝利を遂げた楽天戦の裏話/44歳左腕の2024年【月イチ連載】

 

今年でプロ23年目を迎えたヤクルト石川雅規。44歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。開幕前まで積み上げた白星は185。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2024年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

雨中の登板、今季4回目の先発マウンドで意識していたこと


23年連続勝利を達成した石川。試合後にはつば九郎にも祝福された


 事前に天気予報は確認していた。時間ごとの降水確率を見ると、試合中盤、具体的に言えば「5回前後」に雨が強くなる。そのことは、ハッキリと頭に入っていた。

「僕としては別に、雨が降る、あるいは降らないという情報があってもなくても、自分がやるべきことは変わらないので特に気にしていません。でも、雨が強くなるということがわかっているのに試合が始まったということは、“おそらく、試合成立までは強行するだろう”ということは理解していました。時間的に見ても、5回前後には雨が強くなる予報が出ている。ということは、試合開始前から“5回が勝負だ、勝つなら5回だ”とは思っていました」

 2024(令和6)年6月2日、東北楽天ゴールデンイーグルスとの交流戦。石川雅規は今季4度目となる先発マウンドに向かった。過去3度の登板では、力投するものの白星を挙げることはできず、0勝1敗となっていた。プロ入り23年連続勝利がかかっていた。新人年からでは史上初となる偉業である。大ベテランが、雨中の登板時の心境を振り返る。

「どうしても雨の日は下(足元)はスリップするし、上(指先)は滑りやすくなるので、ビタビタの正確なコントロールを狙うのではなく、ある程度のゾーンを目がけてゴロを打たせるということを意識します。当然、雨が降っているから無駄なフォアボールを与えて、試合を間延びさせることは、普段以上に避けなければいけない。ますます《ストライク先行》を意識して、“絶対に先取点を与えない”、そんな気持ちでマウンドに上がっていました」

 この日の仙台上空は、終始ぶ厚い雨雲に覆われていた。石川が警戒していたのは、イーグルス打線に加え、「雨と寒さ」だったという。

「僕、普段はあまり試合中に着替えないんです。ルーティンというか、流れを変えたくないからです。たとえばズボンをはき替えてベルトを締め直すだけで、感覚が変わることがあるからです。でも、この日は何回もアンダーシャツを着替えました。アンダーシャツだけではなく、ユニフォームそのものも着替えました。確か、1回、2回はそのまま投げて、雨が強くなってきた3回、4回はトータルで着替えたと思います。本当は着替えたくないんだけど、それよりも身体が冷えることがイヤだったからです」

 百戦錬磨の大ベテランは、雨が降ろうと雲ひとつない快晴であろうと、あるいはドーム球場であろうと、どんな環境にもアジャストできる知識と経験があり、どんな状況下でも動じない度胸と図太さが兼ね備わっていた。

ベテラン・岸孝之のピッチングから学んだ「新たな気づき」


 この日、彼が意識したことはまだある。石川の投球時には、リリースの瞬間に白煙が巻き起こるほどたくさんのロジンバックを指先にまぶすことで知られているが、雨中の試合においては、快晴時と同様のルーティンを続けることはできなくなる。

「普段は大きめのロジンをマウンドに置いて使っています。でも、雨が強いときには、濡れないように小さめのロジンをユニフォームのポケットに入れて使うことになります。もちろん、大きくても小さくても、中の成分は変わらないんですけど、小さいものだと、普段と感覚が違うんです。だから僕としては大きめのロジンを使いたい。この日も試合開始直後はずっと、大きいロジンをマウンドに置いたままで使っていました」

 試合開始前、審判から「どうする、ポケットに入れる?」と尋ねられた。自身の希望を伝えると、これまでの石川のピッチングを知る審判は「そうだよな」と笑ったという。

「だからあの日はしばらくの間はずっと大きいロジンを使っていたけど、雨が強くなってからはそれも無理でしたね。どんどん雨を吸って固くなってしまうので。もちろん、毎回、毎回新しいロジンに交換してもらうことは可能なんですけど、交換を頼むと、“えっ、もう換えるの?”という顔をされるので、気を遣ってあまり換えられないんです(笑)」

 余談ではあるが、この日、相手マウンドにはベテランの岸孝之が立っていた。岸のピッチングを見つめていた石川は「ある違和感」に気づいたという。

「マウンド上の岸の動きを見ていて、“あれ?”って思いました。彼のユニフォームにはお尻のポケットの下の方に、また別の小さいポケットがあったんです。たぶん、そこにロジンを入れていたようなんですけど、きっと出し入れしやすいんでしょうね。あれは、ぜひ今度、僕もマネしてみようと思います」

 どんなことからでも、貪欲に何かを吸収したい。まさに石川の真骨頂である。降りしきる雨の中でも、石川は新たな気づきを得ていたのである。

入団年から23年連続勝利の偉業を達成!


雨中のピッチングだったが、ベテランらしく冷静に対応した


 1回表、スワローズは怒涛の攻撃を見せた。一番・西川遥輝が2球目をツーベースヒットとすると、二番・長岡秀樹は初球をライトに弾き返して、わずか3球で先制点を挙げた。さらに、この日は三番で起用された村上宗隆は、岸のスライダーをライトスタンドにぶち込んだ。試合開始早々にして、石川は3点のリードを手にしたのだ。

「当然、味方からの援護は嬉しいんですけど、“この点数を守らなくちゃ”とか、“絶対に勝たなくちゃ”とか、逆にちょっとドキドキしてしまうのも正直なところですね。だからこそ、“無駄なフォアボールは絶対に与えられない”という思いはさらに強くなりました」

 この日まで、チームは引き分けを挟んで5連敗を喫していた。試合終了直前までリードしていたものの、目の前で勝利が逃げてしまう試合がいくつもあった。だからこそ、「この回は絶対にスムーズに抑えなければいけない」と、期する思いで1回裏のマウンドに上がったという。

「結果的にこの回は三者凡退で終わったんですけど、これはすごく大きかったと思います。ちょっとでもピンチを招くと、それまでの数試合のことがチーム全体によぎってしまう。だからこそ、絶対にスムーズに抑えたかった。ブルペンでの調子はよかったんですけど、初回を投げ終えたときに、“今日はいけそうだ”という気持ちになりました」

 本人の言葉にあるように、この日の石川は本来のピッチングを披露し、イーグルス打線を見事に封じ込めた。試合前に意識していたように、「ゴロを打たせる」という思いを胸に、凡打の山を築き上げた。4回表には中村悠平のタイムリーが飛び出し、4対0となった。雨は次第に強くなる。試合は成立するのか、それとも中断を余儀なくされてしまうのか?

「確かにずっと雨は降っていたけど、こういうときってどうしても、“早く抑えてベンチに戻りたい”という意識が芽生えがちになるんで、あくまでも丁寧に投げること。それだけを意識してマウンドに上がっていました」

 5回裏が終了し、試合が成立した直後に審判が中断を決めた。この間、ベンチの中では「決して身体を冷やすまい」という意識を持っていたという。

「気持ちが切れてしまうという心配はしていなかったので、意識していたのは“身体のリセットだけはしないように”ということでした。身体が万全であれば、気持ちの明かりはすぐに灯すことができる。でも、その逆は難しいですからね」

 結局、その後も雨はやむことはなく、1時間19分、降雨コールドで石川に今季初勝利がもたらされた。5回とは言え、見事な完封勝利となった。全部で15個のアウトのうち、実に10個がゴロによるものとなった。

「試合終了の瞬間ですか? 一気に、ホッとしました。“うぁ、勝った。これで23年目のスタートだ!”っていう感覚でした。やっぱり、1勝もしていないと、本当の意味でシーズンは始まっていないですから。だけど、ようやく2024年シーズンも始めることができた。23年連続で勝利できるなんて、絶対に自分一人の力でできることではないですから、本当に周りへの感謝の思いでいっぱいでした。この思いは、年々強くなっている気がします」

 翌朝のスポーツ紙各紙では、石川の偉業が大々的に報じられた。02(平成14)年のプロ入りからの足跡をたどる記事では、若かりし頃の石川の姿も紙面を飾った。

「ホントに若かったですね。プロ最初のキャンプのとき、宿舎のエレベーターに乗ろうとしたら、観光客の方に話しかけられました。“どこから来たの?”って聞かれたから、“東京です”と答えると、“どこの中学校?”って言われました。あの写真を見ながら、そんなことも思い出しましたよ(笑)」

 高校生にすら見えなかった。大卒ドライチでありながら、プロ入り時には中学生と間違われた「小さな大投手」は、23年目の現在でも、黙々と投げ続けている。石川雅規のプロ23年目が、この日ついに開幕したのだ――。

(第三十四回に続く)

写真=BBM

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