週刊ベースボールONLINE

長谷川晶一 密着ドキュメント

第三十四回 高橋由伸が石川雅規を苦手だった理由に隠された投球の本質/44歳左腕の2024年【月イチ連載】

 

今年でプロ23年目を迎えたヤクルト石川雅規。44歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。開幕前まで積み上げた白星は185。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2024年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

高橋由伸氏が振り返る石川雅規


現役時代の高橋氏


「彼が入団してからしばらくの間はそんなにイヤでもなかったし、失礼な言い方になるけど、“そんなにたいしたピッチャーでもないな”という印象だったんです……」

 元読売ジャイアンツの中心選手で、現役引退後すぐに巨人監督も務めた高橋由伸氏が口にした「彼」とは、プロ23年目を迎え、現役最年長である石川雅規のことである。

「……ところが、どのタイミングでというのはハッキリとは覚えていないんですけど、2010年頃だったのか、その1〜2年後だったのか、次第に“あれ、おかしいぞ?”と思うことが増えていきました。たまたまだったのか、狙って投げたのかはわからないけど、真ん中低めのシンカーにまったくタイミングが合わなかった。インコースのシュートのような難しいボールでもないのに、自分のイメージしているスイング軌道とまったく合わなかったんです。それ以来、いろいろなことが気になりだして難しく考えすぎてしまったんです」

 現役時代、「イヤなピッチャーは何人かいた」と、高橋氏は振り返る。具体名を挙げてもらうと、彼は「石川くんと山本昌さん」と口にした。

「二人の体格はまったく違いますけど、ピッチングスタイルや内容はよく似ていると思います。ただ、石川君の場合は《抜いたシンカー》と《ちょっと動くシンカー》の2種類ある分、厄介でした。それに彼は身長が低いので、他のピッチャーと比べると遠近感が狂ってくる。普段と違う感覚となって、さらに打ちづらいんです。現役晩年になると、石川君が先発のときには僕自身がスタメン起用されなくなっていたので、そもそも対戦回数は減っていたんですけどね」

 106回打席に立ち、98打数21安打、打率.214。これが、石川がプロ入りした02年から高橋氏が現役を引退する15年までの14年間における両者の対戦成績である。石川は389球を投じて12個の三振を奪い、4本のホームランを打たれている。

「そうでしょうね。打率.214、確かにそれぐらいの対戦成績だと思います。最初に言ったように、石川君が入団してからしばらくの間は、もっと打っていたはずです。でも、ある時期からはほとんど打てなくなりました。最初の頃は、何も考えずに“ストレート130キロのピッチャーだ”と考えていたのでよかったけど、途中からはいろいろ考えすぎて打てなくなってしまいました」

2007年シーズン途中にマスターしたシュートが突破口に


シュートをマスターした2007年の石川


 この言葉を石川に告げると、その表情が明るくなった。

「由伸さんに関しては、初めの頃はめちゃくちゃ打たれていた印象なんですけど、ある時期からちゃんと抑えられるようになってきた。……いや、“抑える”というよりは、“ようやく勝負できるようになった”という感覚ですね」

 両者の感想は符合した。問題はその時期である。石川が続ける。

「そのきっかけとなったのは2007年のシーズン途中です。それまでずっと、古田(古田敦也)さんから、“シュートをマスターしろ”と言われていたんですけど、この年はなかなか勝てずにファームにいる間にシュートの練習をして、一軍復帰後に巨人戦で初完封しました。結局、この年は4勝に終わるんですけど、それでもシーズン終盤には翌年に向けての手応えをつかんでいましたね」

 記録を見ると、石川がプロ初完封勝利を記録したのは同年9月13日、神宮球場で行われた対巨人23回戦となっている。高橋氏が口にした「2010年頃だったのか、その1〜2年後だったのか」とは、数年の隔たりがある。石川が続ける。

「……この頃からようやくジャイアンツ相手に、互角に勝負できるようになってきましたね。当時のジャイアンツには由伸さんだけじゃなくて、阿部(阿部慎之助)さんもいたし、中日には福留(福留孝介)さん、立浪(立浪和義)さん、阪神には金本(金本知憲)さんなど、いい左バッターが多かったんですけど、左バッターのインコースのシュートは効果的でした」

 高橋氏が指摘した「真ん中低めのシンカー」について尋ねた。

「シンカーは速いだけでも、遅いだけでもダメだと思ったので、2種類のシンカーを投げられるというのは自分のストロングポイントだと思います。ただ、由伸さんが言っているシンカーのことは記憶にないです。でも、結果的にいろいろと考えすぎたことによって、さらに迷いが大きくなるというのは、僕が目指してきたスタイルだし、“自分が取り組んできたことは間違っていなかったんだな”って自信になりますね」

 さらに、高橋氏はこんな言葉も残している。

「ファームで調整していたときに、たまたま石川君もファームにいました。このとき、二軍戦で彼が先発したんですけど、ジャイアンツの若手選手が石川君を滅多打ちにしていて、“こいつらすごいな”って感じたことがありました。石川君自身、何か目的があって、普段とは違うピッチングをしていたのかもしれないけど、それにしても、あんなに打たれている姿を見て、本当にびっくりしました」

「相手にいろいろ考えさせるピッチング」を極める


 そして、高橋氏は次のように結論づける。

「一概には言えないけど、石川君のようなピッチャーの場合、いろいろ考えすぎると、かえって彼の術中にハマってしまうことになると思います。それは、経験のあるベテランほど、そうなりやすい。むしろ若い選手たちのように、何も考えずに来た球を打つというスタンスならば、130キロのストレートを打ち崩すことは難しいことじゃないのかもしれない」

 この言葉を告げると、石川は大きくうなずいた。

「まさに、由伸さんの言う通りです。ファームの若手のように、“来た球を素直に打つ”というスタンスだったり、初対戦だったりした方が何も考えずに打てると思うんです。でも、僕の場合はそれではやっていけないから、バッターにいろいろ考えさせる必要がある。そのためにいろいろな球種をマスターしたり、投げる間合いを変えてみたり、いろいろ工夫して緩急を使う。こうして、バッターにいろいろ考えさせるように意識しています。それは、経験のあるベテラン選手が相手になるほど、効果があると思います」

 まさに、高橋氏も同様のコメントを残している。

「石川君の場合は、ストレートも、スライダーも、シンカーも、一つの球種をそれぞれ3倍に感じさせるんです。ボールに強弱をつけたり、プレートの位置を変えたり、長く持ったり、クイックで投げてみたり、同じ球種でさまざまなバリエーションがある。何も考えずに打っていた頃はそうしたことも気にならなかったけど、ひとたび考え始めてからは、自分自身で勝手に難しく考えるようになって、ますます打てなくなっていきました」

 そして、かつて渡米前に1年間だけ石川と対戦した松井秀喜氏、さらにヤクルトから巨人に移籍したアレックス・ラミレス氏について、高橋氏が解説する。

「松井さんの場合はいろいろ難しく考えることはせずにゾーンを意識していたと思います。仮に変化球を待っていてストレートがきても、130キロ台であれば対応できますから。だから、球種に関係なく、ゾーンで狙っていました。ラミレスも同じように、打てる確率の高いゾーンのボールをシンプルに待っていた印象がありますね。僕の場合も、何かきっかけになるヒットが一本でも打てていたら、石川君に対する印象も変わったと思うんですけど、その一本が打てないまま引退してしまいましたね(苦笑)」

 最後に、今もなお現役を続ける石川に向けて、高橋氏がエールを送る。

「石川君のすごいところは大きな故障もなく、長い間第一線で投げ続けていること。長く続けるというのは、体力だけでもできないし、技術だけでもできない。周りから認められる能力や人柄も必要になってきます。当然、技術的には常にアップデートを繰り返し、最新のトレーニングや食事理論なども採り入れているはずです。これまで通りのスタンスで、一日でも長く現役を続けてほしい。それが、僕の率直な思いです」

 球史に残る好打者からのエールを受け、石川雅規は23年目の夏に臨む。「由伸さんの言葉はとても励みになる」と、今日も酷暑の中で黙々と投げ続けている――。

(第三十五回に続く)

写真=BBM

書籍『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』ご購入はコチラから

連載一覧はコチラから
HOT TOPICS

HOT TOPICS

球界の気になる動きを週刊ベースボール編集部がピックアップ。

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング