元巨人軍現場広報の香坂英典氏の著書「プロ野球現場広報は忙しかった。」がこのたび発売! その内容を時々チョイ出しします! 人格が変われば運命が変わる
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『プロ野球現場広報は忙しかった。』表紙
今回は著者が巨人の現場広報時代、あの
松井秀喜の話だ。
松井秀喜は高卒1年目には57試合に出場、2年目、3年目には130試合以上出場をクリア、ホームランも両年20本をクリアするという立派な成長を示した。
しかし、3年目のシーズンの最終戦の後、松井は東京ドームのロッカーで言った。
「香坂さん、もうお遊びは終わりです」
松井は自分の残した成績に不満を持っていた。さらに「今年のシーズンオフは1日も休まず練習するので、取材や出演などは全部断ってください」と自分自身への怒りとも取れる表情で言った。
僕はマスコミ各社に松井の意向を伝えて、シーズンオフの練習に集中できるように完全なディフェンス体制を取ることにした。
日々のニュース取材はともかく、シーズンオフはテレビ、ラジオ、さらにサイン会やトークショーなどのイベントを含めた案件がたくさん押し寄せる。ましてや松井はホープ中のホープだ。メディアは放っておくわけがない。
ただ、特にシーズンオフはスポーツ系の番組以外では野球選手であっても芸能人と同じような扱いをされることがある。
プロ野球界や巨人軍との取り決めやルールがあることにはお構いなしで、出演依頼なども、先輩、同僚、挙げ句の果てには巨人のコーチを介してまで松井に直接頼み込むようなことが少なくなかった。
松井が断れない方法を取るのだ。これが一番たちが悪く、若い松井を嫌がらせた。
松井が「広報を通してください」と言えば窓口は僕になるが、知ったことではないと言わんばかりに強引な方法をとるやからも悲しいかないた。
これをただひたすらに断るのがこのシーズンオフの僕の仕事になった。ただ、断るのなら、それはすべて平等な対応をしなくてはならない。嫌な思いも散々させられた。そういうストレスは半端なものではなかった。
松井は北野明仁打撃投手をシーズンオフ期間に専属で契約し、一人で連日バットを振り込む。それはまさに並々ならぬ強い自立心の表れだった。
「心が変われば行動が変わる、行動が変われば習慣が変わる、習慣が変われば人格が変わる、人格が変われば運命が変わる」
入団して間もないころの松井が僕に言った言葉だ。翌1996年は大学4年生と同じ年齢で打率.314、ホームラン38本、99打点の堂々とした数字を残し、胸を張って、クリーンアップを任せられる若き大砲となる。