主軸3人をケガで欠く厳しい布陣

青学大・安藤監督はこの秋、東都大学リーグ4連覇へ導き、明治神宮大会では年間タイトル4冠を達成。学生の手によって、神宮の杜を舞った[写真=矢野寿明]
11月25日 神宮
【第55回記念明治神宮野球大会】
▼決勝
青学大7-3創価大
第55回記念明治神宮野球大会の大学の部の決勝が11月25日に行われ、青学大が初優勝。年間タイトル4冠を達成した。春、秋リーグ戦、全日本大学選手権、明治神宮大会とすべてを制したのは、72年の関大、89年、97年の近大、02年亜大、08年東洋大以来、史上5校目(6度目)の快挙である。
青学大は同大会で過去3度の準優勝。昨年は4冠を目前にした、慶大との明治神宮大会決勝で惜敗(0対2)。この1年、あと一歩で頂点を逃した悔しさを胸に、日々の練習を取り組んできた。2019年1月から母校を指揮する安藤寧則監督は東都二部から一部へと引き上げ、この秋は一部リーグ4連覇。そして、悲願の4冠へと導き、喜びもひとしおである。
「4冠という扉をこじ開け、つかんでくれた学生に感謝しています」
チームは危機的状況だった。10月24日のドラフト会議で
広島1位指名を受けた主将・佐々木泰内野手(4年・県岐阜商高)、
ロッテ1位の西川史礁(外野手4年・龍谷大平安高)、3年生の左の強打者・小田康一郎(3年・中京高)と、主軸3人をケガで欠く厳しい布陣。
しかし、安藤監督はかねてから「全員戦力」と言い続け、各選手に複数ポジションなど、さまざまなオプションを準備しており、慌てることはなかった。創価大との決勝では、4年生の先発はゼロで、3年生4人、2年生2人、1年生3人という内訳だった。
登板した投手は秋のリーグ戦を通じ4人のみだった。先発は右腕・
中西聖輝(3年・智弁和歌山高)と左腕・
児玉悠紀(4年・日大三高)を軸に、救援は左腕・渡辺光羽(3年・金沢学院大付高)、そして、右腕・
鈴木泰成(2年・東海大菅生高)が試合を締める役割分担が確立されていた。昨年の3冠の原動力であった
常廣羽也斗(広島)、
下村海翔(
阪神)が卒業しても、投手担当の中野真博コーチの育成力により、盤石の投手陣を作り上げた。少数精鋭である選手34人、スタッフ11人それぞれが個々の仕事に徹し、4冠を達成した。
現在の4年生は、高校3年時が2020年だった。春のセンバツ大会中止と、夏の選手権大会中止を経験した。つまり、甲子園がなかった世代だ。優勝インタビューでコロナ禍を経た最上級生について聞かれると、安藤監督は涙を流し、しばらく、言葉が出てこなかった。
「青山学院として、昭和は
近藤正雄監督、平成は河原井正雄監督。そこからつないで、みんなで優勝をつかみとりました。コロナ禍で手がかかった学年ではありますが、優勝を飾れたのはチームが一枚岩で頑張ってこられた結果。4年生には感謝です」
かつての名将も称賛
神宮ネット裏のスタンドで観戦した河原井正雄氏は、全日本大学選手権優勝4度、東都大学リーグ優勝12度の実績がある名将だった。
「4年生がいない中でも、3年生以下は立派に戦いました。
石川雅規(
ヤクルト)が2年生だった1999年、全日本大学選手権決勝で早稲田に勝ち、優勝させていただきましたが当時、主将だった四之宮洋介(日産自動車コーチ)のチームとかぶるものがありました。ワンチャンスをものにする集中力。日替わりヒーロー。ケガで主力が欠場する中でも戦えたのは、安藤監督の指導力の賜物。とっくに、私を超えている。大したもんです。4つすべて勝つのは大変なこと。よくやりました」
しかし、百戦錬磨の元指揮官は、教え子を褒め称えるだけでは終わらない。
「(来年は)この決勝を経験した3年生以下がそのまま残りますが、そう簡単にはいかないのが、東都大学リーグで生き残る難しさです」
河原井氏が指摘するまでもなく、現場を預かる安藤監督は重々、理解している。試合で活躍したのは3年生以下だったが、ベンチでは主将・佐々木以下による4年生のサポート体制が強固であった。3年生が最上級生となる来年、自覚のある行動が取れるか、真価が問われる。毎年、メンバーが入れ替わる学生野球の常。そこで、勝ち続けるのは難しい。来春はリーグ5連覇への挑戦である。
安藤監督の指導モットーは「一手間をかけること」。栄光に近道はない。基礎基本の徹底が力になる。日々の寮生活、学校生活、練習の一つひとつを、丁ねいに積み上げていく。
文=岡本朋祐