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2019日本シリーズ

ホークス対ジャイアンツ 頂上決戦の歴史

 

19年ぶり(11度目)に日本シリーズで戦うことになったホークスとジャイアンツ。ホークスがソフトバンクとなってからは初の顔合わせになるが、過去、激闘を繰り広げた両者による頂上決戦を振り返っていこう。

19年ぶりに日本シリーズで対決!


なかなか勝てない南海。超エース一人で……


 日本シリーズが初めて開催されたのはセ・リーグ、パ・リーグに分立した1950年だが、その翌年、早くもホークスとジャイアンツが頂上決戦で激突している。山本一人(59年からの登録名は鶴岡一人)が率いる南海と水原茂(55年から59年の登録名は水原円裕)が率いる巨人。ともに日本シリーズ初出場だったが、巨人が圧勝した。191盗塁をマークしスキのない野球を売り物にしてきた南海だが、巨人の高度な技術の前に機動力が寸断され空転。巨人はスライダーが武器の藤本英雄に裏をかいてシュートと内角直球を多投させるなど戦略も見事で、4勝1敗で初めて日本一に輝いた。52、53年も南海と巨人の顔合わせとなったが、52年は別所毅彦が先発、リリーフに奮迅し3勝、バットでも9打数5安打3打点と大暴れ、53年は川上哲治が打率.481、与那嶺要が.444と打つべき人が打って4勝2敗、4勝2敗1分けで頂点へ。3年連続で南海を下して、3連覇を飾った。

 1年置いて55年にも対戦。南海は“打倒・巨人”の意気込みが強く、初戦は敗れたが第2戦に小畑正治中村大成の完封リレーで勢いに乗ると、そこから3連勝を果たす。悲願まであと一歩と迫ったが第5戦から3連敗。またしても涙をのんだ。

 巨人に勝てない──。ライバルの西鉄が56年から3年連続日本シリーズで巨人を下していたから、余計に負のレッテルが南海に重くのしかかった。しかし・・・

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