侍ジャパン・大学代表は今年7月にユニバーシアード(韓国)が控えている。1月20日に全日本大学野球連盟から代表候補31人が発表され、152キロ右腕は世界舞台へ一歩近づいた。昨秋は首都大学リーグのけん引役である東海大の連勝記録を33でストップ。学生ラストイヤーはこのライバルを倒し、44年ぶりの大学選手権出場が目標だ。 取材・文=上原伸一 成長の糧となった昨秋の痛恨の1球
帝京大のエース・
西村天裕の名を広く知らしめたのは、昨秋の東海大戦だろう。1回戦、西村は1失点の完投劇を演じ、東海大のリーグ戦連勝を「33」で止める。すると、2回戦は1点ビハインドの4回からリリーフ登板。9回まで得点を許さぬ力投で逆転勝ちを呼び込み、リーグ優勝67度を誇る首都の“盟主”から1シーズン2勝をもぎ取った。
「あの『タテジマ』を見ると、アドレナリンが出るんです。負けてたまるかと。そもそも東海大の33連勝はウチとの試合(13年春の2回戦)から始まりましたからね。絶対に僕らの手でストップさせるという、強い気持ちがありました」
西村はこの2勝に加え、他校からも2完封を含む5勝を挙げ、3季連続リーグ最多勝(3年春はタイ)となる7勝(1敗)をマーク。最優秀投手に選出された。ただ悔いも残った。それは唯一の黒星を喫した試合、最終カードの筑波大戦での投球だ。帝京大も筑波大も連勝すれば優勝という同条件で行われたこのカード、1回戦に先発した西村は7回までゼロを並べる。だが8回につかまり、失点してしまう。痛恨となったその場面、西村は「一死二塁でした。2ボール1ストライクから(右打者の)外を狙ったんですが、甘くなってしまって……」と述壊する。結局これが決勝点(0対1)になり、帝京大は1997年秋以来となる4度目の優勝を逃す。しかし、この悔いはさらなる成長への糧にもなっている。
「1球の怖さ、重さが身をもって分かりました。今年は最後の最後の1球まで、悔いを残さずに投げ切りたいと思っています」
1年冬に完成した充実施設が成長後押し
3年秋終了時点で20勝(14敗)に到達した西村の魅力は何と言っても最速152キロのストレート。唐澤良一監督は「ただ速いだけでなく威力がある。剛球という感じですね」と評す。そして初めて西村のボールを見たときのエピソードを教えてくれた。
「あれは西村が県和歌山商2年の秋でした。旧知の田中誠蔵監督から『面白い投手がいる』と言われ、グラウンドまで行ったんです。ピッチングを見たら、モノが違いましたね。なかなかお目にかかれない、ズドンとくる球でしたから。私は3球見ただけで、惚れ込んでしまいました」
西村の“剛球”は大学に入ってさらに磨きがかかった。最速は高校時代と比べると8キロアップ。体もスケールアップした。体重は4キロ増え、太腿のサイズは63センチに。176センチと上背はさほどでもないが、肩幅も広く、90キロのその体はまさに偉丈夫という感じだ。こうした西村の成長を後押ししているのが、帝京大の恵まれた環境だ。西村が1年生の冬に完成した新しい寮には室内練習場のほか、最新機器が備わった広いトレーニングルームがある。「ここができたのを機に本格的にウエート・トレを始めた」という西村は、上半身と下半身の日に分けながら週5日トレーニングに励む。帝京大薬学部の図書館を改築したこの寮は、住環境も充実している。クローゼット付きの2人部屋は18畳とゆったりしていて、浴室には一度に30人は入れる大きな浴槽がある。また、洗濯機と乾燥機は2人に1台ずつ割り当てられており、ありがちな順番待ちのストレスもない。この寮の新設に奔走した唐澤監督は「寮がリラックスできるところでないと、体も大きくならないし、練習しても身にならないので」と話す。西村によると「食事も申し分ない」ようで、大好きな牛乳も飲み放題。毎月29日は「肉の日」で、必ず分厚いステーキが出るという。
▲3年秋の終了時点で首都大学リーグ通算20勝。今春はエースとして71年以来の大学選手権へ導くつもりだ[写真=神山陽平]
3年間故障知らずのスタミナも大きな武器
制球力を併せ持つのも西村のアドバンテージだ。「体幹が強いからか、球の速い投手によく見られる簡単に四球を出すところがない」(唐澤監督)。リーグ戦の通算防御率が1.26と安定感があるのはこのためだろう。入学以来大きなケガもない。主戦になった2年春から、毎シーズン、コンスタントに60イニング以上投げており、昨秋と2年春はリーグ最多だった。使い減りしないのは体が頑健なのに加え「無理のない投げ方をしているからでは」(唐澤監督)。西村いわく「もともと体は硬かった」そうだが「野球を仕込んでくれた父に、小学低学年のころから風呂上がりに必ず柔軟体操をやらされ(笑)、だいぶ柔らかくなった」という。
変化球の球種はスライダー、カーブ、スプリットにチェンジアップ。西村は捕手から投手に転向した中学時代に覚えたスライダーを得意球としているが、唐澤監督は「3年生になってからタテに割れるカーブを生かせるようになり、投球にメリハリが出てきた」と見ている。
昨秋は自身3度目となる大学日本代表候補合宿に参加。この合宿でも西村が「意識している」という仙台大の
熊原健人(4年・柴田)ら、大学トップクラスの選手から刺激を受けた。西村の脳裏に今も焼き付いているのが、初めて招集された2年時の代表候補合宿で見た
大瀬良大地(現
広島)のストレートだ。当時九州共立大4年だった大瀬良のボールを目の当たりにし「こんなボールを投げてみたいと思いました。あのストレートは僕の目標でもあります」。
唐澤監督はすでに数球団のスカウトから「今年は西村を追いかけさせてもらいますと言われている」という。最高のドラフトイヤーにするためにも、西村はリーグ優勝をつかみ、44年ぶりの大学選手権に出場した上で、大学日本代表のユニフォームにも袖を通すつもりだ。
PROFILE にしむら・たかひろ●1993年5月6日生まれ。176cm 90kg。右投右打。和歌山県出身。岡崎小2年時に岡崎スマイルズで野球を始め、5年時には四番・捕手で県優勝。和歌山東中では2年春から投手に転向。3年夏は和歌山市選抜で全国大会出場。県和歌山商高では1年秋からベンチ入りし、2年秋からエース。同秋は県3位で近畿大会出場も初戦敗退。四番も務めた3年夏は3回戦で敗退。帝京大では1年春からリーグ戦に登板し、2年秋からエースでリーグ最多の5勝をマーク。3年春も同最多5勝で初のベストナイン受賞。3季連続で同最多の7勝を挙げた昨秋は、最優秀投手。首都大学リーグ戦通算46試合、20勝14敗、防御率1.26。