昨季はシーズン1本塁打に終わるも、決して悲壮感はない。環境の変化で学び得て、見つけた“新たな自分”。かつての本塁打キングが今季に見せるのは、復活ではなく“進化”の2文字だ。 文=喜瀬雅則 写真=湯浅芳昭、BBM 今春キャンプでは、精力的に汗を流しながらも“心”には余裕があった
心のコントロール
ん、こんな感じだったっけ?
“2020年の第一印象”が、しばらく脳裏から離れなかった。それは決して、悪いイメージではない。これほどまでに明るい空気を、周囲に醸し出していただろうか──という、むしろポジティブな疑問とも言えた。
プロ15年目、32歳。
いまや、ベテランの域に足を踏み入れようとしている
T-岡田が、33本塁打を放ち、初の打撃タイトルを獲ったのは10年前の2010年のこと。日本では民主党が政権を担い、アメリカの大統領はバラク・オバマだった。時の流れとは、それほどまでに、早いものなのか。「10年ひと昔」とは、よく言ったものだ。
ただ、その“ひと昔”でくくられる月日の歩みは、決して順調とは言えなかった。タイトル獲得の翌年にあたる11年、プロ野球界で「低反発球」が12球団で統一採用され、飛距離ダウンに戸惑った若き主砲は、16本塁打と前年から半減。13年には左太もも裏や右手中指じん帯を相次いで痛めるなど、4本塁打にとどまった。17年、キング獲得以来の大台到達となる31本塁打で復活をアピールしながら、昨季はわずか1本塁打。20試合出場、打率.120と、かつてのタイトルホルダーにすれば“屈辱”という言葉でしか表現できないような数字が並んだ。
年齢、キャリア、前年成績──。
これらの要素を混ぜ合わせてできる、2020年の背番号55に向けられる“周囲の見方”は、復活をかける必死の姿であり、それらは「背水の陣」「後のない1年」といった危機感たっぷりのフレーズで称されるのが、この世界の常でもある。
そんな男が、今年は一体、どんなキャンプを過ごしているのか。T-岡田が32歳となった2月9日に宮崎・清武のキャンプ地へ足を運んだ。さあ、崖っぷちの男の様子は、いかがなものだろうか──。そんなさまざまな邪推が、会った瞬間、一気に吹き飛んでしまった。
「あれ? 僕の誕生日だから来てくれたんですか?」 紅白戦開始30分前。ベンチ裏で顔を合わせた、そのときの第一声が、これだった。
明るい。そして、自然体だ。
ちょっと肩すかしを食らったような気分の一方で、こんな一面を初めて見せてもらったような気がしたのも、また確かだった。『岡田貴弘』の本名が登録名だったころから、取材している長い付き合いになった選手の“変化”を目の当たりにした、その驚きが覚めやらぬうちに始まった今年初の紅白戦。宮崎の青い空に美しい打球音が響き渡ったのは、4回のことだった。
右腕・
榊原翼の140キロ直球を引っ張った一撃は、右翼スタンドへ一直線。
「感触、よかったです」と自画自賛したように、まさしく、見た瞬間に“それ”と分かる、文句なしの強烈な本塁打だった。
毎春キャンプ中に誕生日を迎える男にとって、プロ初の「バースデー・アーチ」。実に爽快な、余裕たっぷりの発進ぶりに、最大級に落ち込んだ昨季とのギャップに、首をひねりたくなる思いだった。
一体、何があったのか。
「まだキャンプでしたからね。それほど、まだ気持ちも入り込んでいなかったからじゃないですか」 本音を巧みに隠すような、こうした当意即妙のやり取りも、決してうまいほうではなかったのが、これまでのT-岡田だった。むしろ・・・
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