人と争うこともなく、天性の運動能力を育んできた。どこまでも穏やかな人柄。ただ、プロ入り後、いつしか投球までが穏やかになっていた。そんな男を復活させたのは、トレードとともに取り戻した、厳しい攻めだった。 文=坂上俊次(中国放送アナウンサー)、写真=佐々木萌、BBM ドッジボールで全国大会に出場
茨城県北部、八溝山系と阿武隈山系の山々に囲まれた自然は、多くの観光客の目を楽しませている。高さ120メートルの袋田の滝は、冬には凍結するというのだから、その寒さは北緯36.7度のイメージより厳しいものがある。
「冬場は家の前が凍って、自転車でスリップしたのを覚えています」。少年時代から自然に囲まれ、家の前でキャッチボールをしてきた少年は、プロ野球選手になった今も、実に素朴な笑みで接してくれる。
「プロ入りするまで、プロ野球の試合を見に行ったことはありませんでした」。そんな少年は、今や、年間58試合の一軍マウンドに立つまでに成長した。生き馬の目を抜く勝負の世界にあっても、気は優しくて力持ちを地で行くような好漢である。
菊池保則は、昨シーズン、トレードで移籍してきた
広島カープで開花した。持ち前の球の強さだけではない。動く球でゴロアウトも奪えば、厳しい内角攻めも精度を増した。それに、タフさという武器を持つ。連投も苦にせず、どんな場面でも安定したピッチングを見せる。それだけに、移籍2年目の2020年が楽しみであり、真価を問われるシーズンでもあった。
広島に移籍した2019年は、好投を重ねて、徐々に信頼を勝ち取り、重要な場面でのリリーフが増えていった
調整は順調だった。ベストに近い体の仕上がりを把握でき、それを投球につなげることができるようになっていた。
「昨シーズンは、少し体重を軽くしてキャンプに入りましたが、体重が乗らないような感覚がありました。今年は、オフのトレーニングで2キロ増やし、ベストに近い101キロで入りました。体重が乗る感覚があり、すべてを指先に乗せて、ボールをはじくような感覚が持てています」。
キャンプもオープン戦も順調だった。しかし、状況が変わった。新型コロナウイルス感染拡大による開幕延期、その後もシーズン開幕の見通しは立たない。練習試合も中止になり、全体練習にも時間の制限がある。これまで大きな故障歴もなければ、シーズンオフもボールを握り続けるタイプである。それだけに、ここまで実戦から離れる経験は初めてだ。不安や焦りもゼロではあるまい。実際、「シーズン60試合登板」という当初の目標は遠いものとなっている。
しかし、菊池は穏やかな表情を変えることもなければ、下を向くこともない。
「僕らもファンの方も不安です。(今の状況が)早く収束してくれればと思います。60試合登板とは考えず、開幕したら投げられるだけ投げる気持ちでやりたいです」。
気は優しくて力持ち。その原点は・・・
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