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戦力外を巡るドラマ

【戦力外を巡るドラマ03】育成選手契約から日本シリーズMVPに輝いた中村紀洋

 

オフに戦力外通告を受け、いまだ来季の所属先が決まらない男たちがいる。その中には前巨人村田修一ら“大物”もいるが、過去にも実績のある選手が同じ憂き目にあった。しかし、どん底から見事にはい上がった例も多々ある。不屈の闘志で、ふたたび輝きを放った男たちを紹介していく。

落合監督からの電話


2007年、日本シリーズMVPに輝き、お立ち台で涙があふれた中村紀


 カネやない。オレは、命がけで、野球をやりたいんや――。

 浪花節を引っ提げ、裸一貫、新天地・名古屋に乗り込んだ34歳・中村紀洋。男の意地と、その卓越した技術で、どん底からのサクセスストーリーに、2007年日本シリーズMVPという結末を、導いてきた。

「これでは、命をかけて、野球をやれんのですわ」――。

 そこからちょうど1年前のことだ。オリックスとの年俸交渉。左ヒジへの死球、そして手術。06年シーズン終盤を完全に棒に振った。球団側の年俸提示は2億円から、1億2000万円減の8000万円(推定)。野球協約では、本人の同意がなければ下げることができない限度額をはるかに超えた「60パーセント減」の提示に、ノリのプライドは音を立てて崩れていった。

 交渉は決裂、そしてオリックス退団。しかし、中村紀に手を差し伸べる球団は、すぐに現れなかった。孤独のキャンプイン。浪人すら覚悟した、そのときにかかってきた1本の電話。

「どうしても、野球がやりたいのか?」

 声の主は、中日落合博満監督だった。その条件は、テスト生としてのキャンプ参加、合格しても育成選手枠。年俸5億円を手にした男にとって、まさにどん底からのスタートだった。

 しかし、そんなことは関係なかった。もう1回、オレは命をかけて、あのグラウンドでプレーするんや。

「やらせてください」

 即答だった。

野球ができる喜び


「野球がやれなくなっていたかもしれないんですよね。ホンマに、感謝の気持ちしかない。野球に、僕を拾ってくれた中日に、そしてファンに対しても……」

 だからこそ、1本でも多く、ヒットを打ちたい。左足を高く振り上げてのフルスイング。かつての豪快なスタイルは完全に捨てた。疲労からの腰痛で、腰にはコルセット、試合終盤には痛み止めの薬の効き目も薄れ、しびれてくる。そんな中で、下半身に過分な負担をかけず、体全体で、無理なく打つには……。その意識が結実した形が、師・落合博満の打撃フォーム。

「自然体のフォームというか、仁王立ちで打席に立つ感じで、ゆっくりタイミングを取っているんです」

 腰を据え、バットの先を一塁側に軽く傾け、体の軸回転を使いながらの始動は、まさしく神主打法。かつて、落合の打撃フォームだけを特別編集したビデオを、連日研究したほどだ。

「こうなれば、徹底的にマネしてみよか……とも、思ってるんですわ」

 9月19日のヤクルト戦では同点の9回、右翼席へ流し打っての決勝18号ソロ。同21日の広島戦では、延長11回にナゴヤドームの左翼席へサヨナラ19号2ラン。新たな進化を遂げつつある中、勝負どころの白星を、ノリのバットが運んできた。

 だが、シーズン終盤、巨人とのマッチレースには惜しくも負け、リーグ連覇の夢は叶わなかった。それでも、ノリの波乱の07年には続きがあった。

 日本シリーズ出場をかけたクライマックスシリーズ(CS)。腰の痛みに耐えながら、ノリはバットを振り続けた。10月14日。阪神とのCS第1ステージの第2試合で先制打を放ち、お立ち台に上がった中村紀はこう言った。

「皆さんに感謝しています。必ず、巨人に勝って、名古屋に戻ってきます。皆さん、一緒に日本シリーズに行きましょう!」

 そして、その言葉どおりとなった。日本ハムと頂点をかけた戦いでも、ノリのバットは止まらなかった。打つたびに彼が口にするのは「意地」「気合」といった精神的なものばかり。ずっと育成選手からスタートした苦労、そして野球ができる喜びが、ノリの体を支えていたのだ。

 近鉄時代は、日本一まであと一歩のところで涙をのんだ。夢を追って渡ったアメリカでもマイナー暮らしが大半。オリックスでもケガに泣かされた。ここ数年、どこか不完全燃焼の日々が続いてきたノリにとって、高い目標を持って、戦える充実感がたまらなかった。

 退団、浪人、テスト、育成選手、支配下登録……そしてCSから日本シリーズへ――。07年、波乱万丈の中村紀洋物語。そのエンディングには、中村紀自身が一番驚いたのかもしれない。

写真=BBM
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