長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。 ウイリー・メイズからも三振

抜群のキレ味を誇るスライダーを投げた成田
メジャー・リーガーが認め、あこがれたという魔球が、
ロッテ・
成田文男のスライダーだ。数種類のバリエーションがあり、タテ、横に大きく変化するものもあったが、一番効果的だったのは、ストレートとほとんど変わらぬ140キロ台の速球で、打者の手元で鋭く曲がる、いまならカットボールだ。
入団当時はストレートとカーブだけ。もう1球種ないとプロでは勝負できないと、3年目を前に身につけたのがスライダーだった。「誰にも投げ方は教わっていない。いろいろやっているうちに自然と投げられるようになった」という。
この67年に14勝とブレーク、さらに20勝を挙げた68年オフにはカージナルス相手の日米野球でも好投。カージナルスの一員として来日したスティーブ・カールトン(のちサイヤング賞。殿堂入りも)が、そのスライダーを見て衝撃を覚え、自ら研究し、自分のものにしたという逸話もある。
1971年、アリゾナで行った春季キャンプでは、サンフランシスコ・ジャイアンツを10回1失点で抑え切った。このときは大打者、ウイリー・メイズからも三振を奪い、すぐメジャー関係者から熱心に誘われたというが、「興味がない」と断った。
成田文男(なりた・ふみお)
1946年10月2日生まれ。東京都出身。修徳高から65年に東京(のちロッテ)入団。2年目の66年には先発の一角も確保した。4年目の68年から3年連続20勝以上、69年には球団初のノーヒットノーランも記録している。70年に25勝で、73年には21勝で最多勝に輝いた。80年に
日本ハムへ移籍、82年限りで現役引退。2011年4月21日死去。主なタイトルは最多勝利2回、最多奪三振1回。通算成績534試合、175勝129敗8セーブ、防御率3.20。
写真=BBM