
試合後握手する2人。笑顔の鈴木監督に対し、野茂はやや複雑な顔?
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。今回は7月1日だ。
トラブルの種は、すでに
鈴木啓示監督が就任した1993年から撒かれていたのかもしれない。
ただ、それが一気に表面化したのは94年の開幕戦、4月9日の
西武戦(西武)だった。
近鉄先発・
野茂英雄は8回まで西武打線をパーフェクトに抑えながら、3点リードの最終回一死満塁で降板。あとを受けた
赤堀元之が、西武・
伊東勤に逆転満塁サヨナラホームランを打たれた。
このときの鈴木監督のさい配が野球ファンの間でも物議を醸した。しかも、以後野茂は思うように勝ち星を稼ぐことができず、チームは下位に低迷。鈴木監督の資質に対する疑問、さらに「鈴木監督VS野茂」の確執らしき雰囲気は、マスコミの格好のネタとなっていた。
ただし、鈴木監督は見た目のイメージとは違い、繊細な一面もあった。7月1日、おそらく、前回の交代で浴びた批判にこりた鈴木監督が、気にしすぎたゆえの珍記録だったと思う。
開幕と同じく西武球場での西武戦だった。野茂は立ち上がり最悪。ヒット2本と3四球で2点を失い、その後、ヒットは散発で得点も奪われなかったが、2回2、3回1、4回1、5回1、6回1、7回3、8回1と四球を出しまくる。
それでも味方が5点を奪い、7回には5対2。
球数も増える一方だったし、この試合こそ継投すべきような気もするが、鈴木監督は野茂を続投させ、さらに追加点を奪って8対2となった9回裏のマウンドにも送り出した。
野茂は、この回、3四球で押し出しの1点を奪われながらも3失点完投で7勝目(6敗)。毎回の16与四球はプロ野球記録でもあった。
「納得? してません。でもベンチのムードはいいし、途中で降りるわけにはいかんと思って投げました」と、野茂はいつものように淡々と振り返った。
一方の鈴木監督は、
「ほかのピッチャーにはマネできん投球や。これが野茂。野茂にしかできんピッチングや」
と上機嫌ながら、ほめているのか、けなしているのかも定かではないコメントを残した。
全投球数191のうち、球審が「ボール」と
コールしたのは実に105回。やっているほうもそうだと思うが、見ているほうも疲れる試合だった。
写真=BBM、