ミッション実現のためにうってつけの人物

早大コーチに就任した田中浩康氏(右)は昨年限りでプロ14年の現役生活にピリオドを打った。早大在学当時はリーグ4連覇を経験しており、小宮山監督(左)の期待も大きい
取材者がグラウンドに足を一歩踏み入ることさえ尻込みするほど、ピリピリとしていた。2003年3月上旬、沖縄・浦添市民球場で目の前に広がっていた光景である。
前年、左腕エース・
和田毅(現
ソフトバンク)を擁した早大は、東京六大学リーグ戦で春秋連覇。野手は当時3年生の
鳥谷敬(現
阪神)、
青木宣親(現
ヤクルト)、
比嘉寿光(元
広島)、
由田慎太郎(元
オリックス)、2年生の田中浩康(元ヤクルトほか)、1年生の
武内晋一(元ヤクルト)と実績十分のメンバーがそろっていた。
3連覇をかけたリーグ戦を控えた沖縄での強化合宿初日。当時、早大を率いた野村徹監督はいきなり、カミナリを落とした。ウォーミングアップを終え、シートノックに入る前のボール回しに、納得がいかなかったのだ。
つまりは、準備不足。ゲームで「もう一丁!」はない。冒頭の「入り」が悪かったのである。そこから、キャッチボールをもう一度、やり直し。
「なぜ、最初からできないんだ!」(野村監督)
約1時間後、2度目のボール回しは、スピーディーかつ正確。あまりにキビキビとした動きに目を奪われ、1球に神経を研ぎ澄ますムードに、取材者も自然と引き込まれてしまった。
練習のための練習ではない。試合のための練習。いくら実績があっても、基本の徹底を忘れてはいけない。野村監督はチームをもう一度、引き締めたのである。最高の準備で試合に臨む早大は、攻守にまったくスキがなかった。03年も強さを発揮し、春秋連続優勝で、大学史上初の4連覇を遂げている。
当時の不動の二塁手だった田中浩康氏が2月6日、母校コーチに就任した。昨シーズン限りで14年間の現役生活に終止符。セカンドキャリアのスタートとして、活動の幅を広げるため、今年1年間は早大大学院に通いながら野球部を指導する。1月からチームを預かる
小宮山悟監督(元
ロッテほか)は「グラウンドを4連覇当時の雰囲気に取り戻す」と常々語っており、ミッション実現のためには、田中氏はうってつけの人物だという。指揮官の熱き思いを受けて、新コーチはこう語った。
「基本を大事にしてきました。プロで壁にぶつかったときに、立ち返る場所があった。それが、大学時代の教え。在学中、シートノックが決まれば、練習は終わりだ!! というムードがありました。目指すは、日本一のシートノック。その雰囲気をアシストできるように、学生目線で向き合っていきたい」
小宮山監督は今春の開幕までには、16年前の空気をリカバリーさせたいと考える。迎える4月、神宮球場での試合前のシートノックを見れば、その変化を感じ取れるはず。日々の練習の積み重ねが、栄光への唯一の道。春の頂点を目指す勝負は、すでに始まっている。
文=岡本朋祐 写真=BBM