アジアと手を組みさらに発展へ

九州アジアリーグで代表取締役を務める徳丸氏は「九州を盛り上げる存在になりたい」と意欲を語る[写真=同窓会実行委員会提供]
九州アジアベースボールリーグの代表取締役を務める徳丸哲史氏は、創設5年目を迎える今シーズンへ向けた展望を語った。
「『アジアリーグ』という名称にもあるように、九州という地の利を生かして、アジアと手を組んでさらに発展させていきたい。今年は台湾の社会人チームとの交流戦も予定し、昨年から準加盟した佐賀インドネシアドリームスにはインドネシア代表メンバーを中心にフィリピン、スリランカ、タイの選手も在籍しており、軌道に乗せていきたい。九州を盛り上げる存在になりたいと思っています」
徳丸氏は臼杵高(大分)を経て、明大では東京六大学リーグ通算12勝を挙げた。社会人野球の強豪・三菱自動車川崎(2001年から三菱ふそう川崎)では11年プレーし、都市対抗優勝4度(うち補強選手1度)を経験。スリークオーターから投じられる最速146キロのストレートには伸びがあり、「困ったときにはいつも投げていました」と明かす横滑りするスライダーが最大の武器だった。
明大時代からプロ入りを目指していたが、その夢を実現することはできなかった。
「4年春にケガをし、社会人でも、ドラフト解禁となる大事なタイミングで故障……。持っていませんでした。明治には2学年後輩に
川上憲伸(
中日ほか)がいましたが、やはり、ボールの質が明らかに違いました。社会人野球は厳しい環境で、こうして振り返ると、大学での取り組みは甘かったと思います」
現役引退後は明大の先輩・田中敏弘氏が監督として率いていた熊本ゴールデンラークスで、投手コーチに就任した。同チームでは監督、野球部長を歴任。その後、九州で独立リーグ構想が立ち上がり、熊本ゴールデンラークスを母体とする火の国サラマンダーズが20年に発足。21年の九州アジアリーグの創設時には事務局長に就任し、22年11月に代表理事となった。同リーグは21年に火の国サラマンダーズと大分B-リングス、22年に北九州下関フェ
ニックス、23年に宮崎サンシャインズが参加し、リーグ戦が開催されている。
「高校生、大学生の卒業後の受け皿として、NPBを目指す選手たちに、夢を見る機会を与えるのが役割です。もう一つの目的は地域との交流。野球振興を通じて、社会を活性化させたい。四国アイランドリーグ、BCリーグと比べてば歴史も浅いですが、私たちも1年1年、積み上げていきたいと思います」
独立リーグの運営は、スポンサー収入に支えられている。徳丸氏は1月19日、東京都内で開催された「平成8年卒 東京六大学野球部・応援団合同同窓会」に出席した。熊本からの日帰りで、翌日からはインドネシア出張という強行軍。九州アジアリーグの知名度をアップさせるには絶好の機会で、会場内では五大学の同級生にあいさつ回りしていた。
「大学卒業後、野球部の同級生とは定期的に会うこともありましたが、他大学の選手とは、社会人時代、グラウンドレベルで話すことはあっても、今回のようにゆっくりと交流することはありませんでしたので、有意義な時間でした。明治の在学中の4年間、応援団には熱い応援をしていただき、今日は神宮で活動していた他の五大学の応援団・応援部の方とも接触できて良かったです。東京六大学の横の連携の強さを、あらためて感じました」
独立リーグ運営を通じ、生まれ育った地元・九州で、選手育成と地域社会とのつながりを持つ。51歳・徳丸氏の挑戦は続いていく。
文=岡本朋祐