──2月末から約1週間、ロサンゼルス・キャンプを行いましたが、そのあたりを試すことはできましたか。
有原 パワーのある外国人打者と対戦しましたが、結構抑えることができたんです。これは大きな自信になりました。同じ大学生だったんですけど、体が大きいだけでかなりの威圧感がありましたから。また、アメリカ滞在中にドジャースタジアムを見学したんです。すごくきれいで、日本の球場とはまた違った空気感がありましたね。
──そのマウンドに立ってみたいという思いは芽生えませんでしたか。
有原 でも、まずは結果を残して、評価をされる投手にならないといけないですね。自分がそこに立つイメージはまだわかなかった。メジャーは現時点であこがれの世界に過ぎない。日本のプロ野球で実力をつけて、認めてもらえるようにならないと。
──プロ野球やメジャーと話が飛躍してしまいましたが、まずは今戦っている春のリーグ戦。現在は慶大が負けなしで首位。早大は同じ勝ち点3の勝率の差で2位。早慶戦で優勝が決まる可能性もあります。
有原 早慶戦のことはまだ考えていないです。まずは5月17日からの明大戦。早大はいつも明大にやられているので、明大に勝たないことには早慶戦も見えてこない。チームみんなが明大に勝つという意識をどんどん高めています。
──明大を乗り越えれば早慶戦です。これまで、どんな気持ちでマウンドに立っていましたか。
有原 あまり気にしないタイプなので(笑)、いつもどおり投げています。
──ひょうひょうと、という表現が正しいか分かりませんが、常に冷静に投げている印象があります。
有原 感情を出さずに、普通にやっています。普通にやった方がいい結果につながるんです。あとは先発完投を意識しますね。三振も必要ですが、球数を少なく、テンポ良く投げることが大事だと思っています。
──個人としての目標はありますか。
有原 強いて挙げるならベストナインです。最優秀防御率のタイトルは昨秋いただきましたが、ベストナインはチームが優勝しないともらえないと思うので。チームを勝たせるピッチングにこだわりたいです。
▲少年ファンによるサインのお願いに応える有原。投げるたびに注目度は高まってきている
有原航平「11」のキーワード 1 グルメ 「グルメかどうかは分かりませんが、どうせ行くならおいしい物を食べたいので、パッと入るよりはお店のことを調べてから行きます。好きな食べ物はやはりお好み焼き。大阪風も別の食べ物としておいしいですけど、やはり
広島風が好きです」
2 広島 「生まれ育った場所なのでやはり愛着があります。ファンというほどではないですけど、カープやサンフレッチェが勝つとやっぱりうれしいですね」
3 家族 「両親と兄です。小さいころはサッカーをやっていましたが、2歳上の兄についていく形で野球を始めました。兄がいなかったら野球をやっていなかったと思います」
4 広陵高 「厳しかったですね。野球選手として広陵高に育ててもらいました。中井哲之監督は100人以上いる部員一人ひとりに対して自分の子どものように接してくれました。自分の今の結果も気にしてくれていて、“気合”を入れられることもあります(笑)」
5 甲子園 「3年春の甲子園初戦(立命館宇治高戦)で、初回にいきなり3点取られたことをよく覚えています。何かフワフワして、『これが甲子園なんだ』と感じたことを覚えています」
6 早慶戦 「自分たちが高校3年の秋に慶應との優勝決定戦があり、広陵の先輩も2人、試合に出ていて。めったに練習は休みにならないんですけど、中井監督が『すごいことだから見ろ』とおっしゃり、みんなでテレビ観戦しました。人も多いし華やかなイメージを持ちました」
7 神宮初マウンド 「東大2回戦でのリリーフ登板でした。特に緊張はしなかったけど、いよいよ始まるんだという気持ちはありましたね。神宮のマウンドは硬いので、自分には合っています」
8 大学日本一 「2年の春ですね。自分はリリーフで、それほどいい成績ではなかったんですけどチームが強くて、優勝させてもらったという感覚です」
9 ライバル 「誰だろう? ニュアンスが違うかもしれませんが、ウチのキャプテンの
中村奨吾です。切磋琢磨していければ。アイツは長打もあるし、足も速い。仲間でよかったですね(笑)」
10 性格 「マイペースですね。人からとやかく言われることは好きじゃない(笑)。自分で決めたことはきちんとやります」
11 背番号11 「岡村猛監督が期待して(3年春から)着けてくれた番号なのに、まだ応えられていません。先発になってから優勝できていないことに責任を感じています。今回こそはという思いが強いです」
PROFILE ありはら・こうへい●1992年8月11日生まれ。広島県出身。187cm 90kg。右投右打。緑ヶ丘小2年時から河内少年野球クラブで野球を始めて以来、投手一筋。三和中では軟式野球部に所属。広陵高では2年春からベンチ入りし、同秋からエース。3年春のセンバツでは4強進出。2季連続出場を果たした同夏は初戦敗退。プロスカウトからはドラフト上位候補にもリストアップされる存在だったが、プロ志望届を提出せずに早大進学。1年春から救援として神宮での経験を積み、2年春には大学日本一。2年秋から先発に定着し、3年秋には最優秀防御率(0.72)を初受賞。東京六大学通算54試合、16勝10敗、防御率2.78。(第5週終了、5月11日現在)