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結果を残した者こそ称賛されるプロの世界。ただ、打撃へのアプローチは選手それぞれで、そこに正解はない。しかし、成功者に学ぶべきものは多くあるはず。現役選手を代表する好打者たちはどのような思考で打撃を追求しているのだろうか。

糸井嘉男 驚異的な身体能力と努力の相乗効果


 球界を代表する打者になった糸井嘉男はプロ12年目のシーズンを迎えようとしている。攻守走でトップレベルのプレーを見せる糸井の姿をプロ入り当初は誰も想像できなかっただろう。2004年ドラフト自由獲得枠で日本ハムに入団し、わずか2年半で投手をクビに。だが、底知れぬ身体能力を持つ“超人”は野手として才能を開花させた。06年途中から野手に転向して約9年が経つ。昨季は打率.331、19本塁打、81打点をマークし、自己最高の成績を残すなど充実した1年を過ごした。

すっかり球界を代表する打者に成長した



 まさに“超人”の名にふさわしい活躍ぶりだった。右ワキ腹痛、両ヒザ痛を抱え、いつ離脱してもおかしくない中で、チームの中心選手としてバットを振り続けた。決して万全の体調ではない中でも自己最高の成績を残せたことに本人は「何でやろ? たまたま。いい緊張感の中で試合ができたからかな」と煙に巻く。だが、日本ハム時代から糸井を指導してきた福良淳一ヘッドコーチの見方は違った。「ケガをしていてもこれぐらいの数字は残すと思っていた。周りはケガをして何であんな数字が残せるの? と驚くけどね」。福良コーチは07年に日本ハムの二軍監督を務め08年からは一軍ヘッドコーチに就任。打者・糸井が一軍の中心選手になるまで見てきた人物だ。

 その福良ヘッドコーチが注目したのは得点圏打率。過去3年は3割未満だったが昨季は.340と大幅にアップした。「もともと、積極的に打っていくタイプだが、去年はこれまで以上に仕掛けが早かった。得点圏の打席で迷いがなかった分、数字に出た」。唯一の欠点だった「勝負弱さ」を克服したことでより安定した数字を残せるようになった。

 投手時代から何をやらせてもトップクラスの数字を残してきた。遠投は120メートルを超え、走れば誰よりも早く塁間を駆け抜ける。バットを持ってもサク越えを連発。身体能力の高さは日本人の域を超えていた。「すごいのは誰よりも練習すること。身体能力より練習をする才能があったからここまで来られた。今でも誰よりも練習する」。打者転向1年目。寮生は通常の練習を終えると夜8時から各自で行う夜間練習があった。糸井は結婚して退寮していたが毎日、福良コーチの下を訪れバットを振り続けた。夜遅くまで延々とバットを振る糸井の姿を見て、「頼むから帰ってくれ。俺が帰れない」と話したこともあったという。

 糸井の特長はバットを振る際の腕の使い方とスピード。ガッチリした下半身を軸にボールを懐ギリギリまで呼び込む。強引にバットを振るのではなく、ムチのようにしならせ最短距離でボールに力を伝える。打席の中では「来た球を打つタイプ」で、初めて見る投手の球にも初球から積極的に振っていく。タイミングを崩されても、柔軟に腕を使いボールを確実にとらえる。福良コーチも「スイングスピードはイチロー並に早い。腕の使い方も似ている」と、かつての同僚を引き合いに出し説明した。

 驚異的な身体能力を持った努力の天才。進化し続ける男が目指すのは過去8人しか達成していない3割30本塁打30盗塁のトリプルスリー。この男なら不可能ではない。

ソフトバンク攻撃陣を支える3つの個性


 2014年シーズンの日本一に輝いたソフトバンク。その打線はリーグトップのチーム打率.280をマークし、打撃十傑に並んだ5人の選手はいずれも打率3割を超えた。チームトップは柳田悠岐で.317。144試合すべてにスタメン出場して初めてレギュラーとしてシーズンを全うした。その柳田が言う。「内川(聖一)さん、長谷川(勇也)さんがすごいのは、全球、同じスイングができることなんです。その域に達しないと安定した成績は残せないんだって分かります」。これからスターダムに上り詰めようとする26歳の若鷹にとって、2人のヒットメーカーは最高の教材だ。

 内川は昨季、7年連続打率3割を達成。三冠王3度の落合博満(現中日GM)と肩を並べ、歴代の右打者でも最高の域に達した。安打を打つことに関しての貪欲さは語られた言葉からもうかがい知ることができる。

「バットはグリップの上からバットの先端まで、使えるところは全部使います。フィールドも90度全部がヒットゾーンだと思っています」

右打者では落合博満と並ぶ2人目の7年連続打率3割をマーク



 開眼したのは横浜(現DeNA)時代の08年。それまで、自分の長所だと思い込んでいた投手寄りのポイントでとらえて安打にできる技術を、その年に打撃コーチに就任した杉村繁(現ヤクルトコーチ)から、その技術にこそ穴があると伝えられた。「ほかのチームはお前に泳がせて打たせようとしている、って言われました」。それまで、期待されながらもレギュラーに定着できていなかったこともあり、打つポイントを体に近づけるという新しい方法論も自然と受け入れることができた。その年、初めて規定打席に到達し、.378の右打者最高打率をマーク。発想の転換により成功した好例だ。

 13年にシーズン200安打に2本に迫った長谷川は試合終了後、一人、ミラールームにこもり、スイングチェックを欠かさない。試合の映像を確認し、感覚と実際のズレの原因を見つけ出した上で、「明日、これでいける」と思うまで素振りを繰り返す。その姿勢は掲げた理想へ脇目もふらない求道者のようだが、そのフォームは積極的に新しい動きを取り入れ、日々変化している。

「同じことをしていたら、感覚が鈍くなってくるんです」

 長いシーズン、自分の体調も一定でなければ相手も変わるし、環境も変わる。その中で一つの形に固執することは得策ではない。変化によって起こるズレをいち早く察知し、それに合ったベストの形に自分を作り変える作業を日々、行っているのだ。

13年に198安打でパ・リーグ最多安打。打撃を突き詰める職人



 打撃とは刻々と動く時計のようなものらしい。短針と長針、秒針が重なり合うのは、ほんの一瞬。すべてがかみ合ったと思った次の瞬間にはズレが生じている。「バチッとはまる瞬間をより多く生むために、やるべきことを怠らないこと」。それが職人と呼ばれる男の神髄だ。

 その2人が「意味が分からん」と言って感嘆するのが柳田の打撃。内川が言う。

「あれだけ飛ばすのって気持ち良いでしょうね」

 長谷川が言う。

「バッターってボールをとらえることを第一に考えるから、あれだけ振るのは勇気がいるんです」

 背骨が悲鳴を上げんばかりのフルスイングが持ち味だ。

 根拠は、ある。

「強くたたけば強い打球になりますし、そうすれば野手の間を抜ける確率が上がります。当てにいって、良いコースに飛ばしても打球が死んでいたら野手に捕られてしまうんで。ヒットを打つには強い打球が必要で、そのためのフルスイング、というのが僕の考えです」

14年に全試合に出場。背番号を「9」に変え、ブレーク必至の若手有望株



 シンプルだが実践は難しい方法論。あれだけのスイングを続けるのは「正直、しんどい」のだと笑う。「そのへんが体力なんです。しっかりとした土台を作らないと、スイングは固まりません」。このオフは走り込みとウエートトレーニングによる肉体強化に取り組んでいる。15本塁打に終わった昨季の数字が一気に飛躍する雰囲気を漂わせている。

菊池涼介 指示を忠実に実践する思考力


 驚異的な飛躍を見せた。昨季は自身初の全試合出場を果たし、打率は前年の.247から.325へとアップ。放った188安打は日本人右打者の歴代最多安打を記録したヤクルト・山田哲人に5本及ばなかったものの、堂々のリーグ2位だった。山田が主に一番を打ち、犠打は2つだけだったのに対して、菊池は制約の多い二番、そして43もの犠打を決めた上で残した数字だった。

14年は前年の.247から飛躍的に打率アップ。守備面でもチームの要



 技術面では13年にリーグワースト2位の121三振を喫した反省からインサイドアウトのスイングを身につけ、ボールを長く見極められるようになったことが向上の要因だと認めている。ただ、それだけで一気に8分近くも打率がアップしたと考えるには無理がある。「自分らしくプレーさせてもらっています」。二番ではあっても必要以上に“つなぎ”を意識させない首脳陣の配慮と菊池なりの割り切りの良さがそこにあった。「何でも思い切り良く」が菊池のらしさ。たとえ犠打や進塁打のサインが出たときも「サインに忠実に、それを思い切ってやる」ことで期待に応えてきた。そして、ノーサインであればアウトカウントや走者状況に関係なく「初球から行く自分のバッティング」に徹した。「(野村謙二郎前)監督もそれでいいと言ってくれるので、自分で考えて右打ちしようとか考える必要もないんです。それが僕にとって良い方向に出ています」“野性”“動物的”の枕詞付きで語られるプレースタイルからは“奔放さ”がイメージされるが実は違う。求められることを真の意味で忠実に。それが菊池のポリシーだ。

銀次 すべての経験を力に変える不断の努力


 あと4厘が届かなかった。昨年9月にリーグ最高打率.459、最多34安打で初の月間MVPを獲得するなど猛チャージを見せたが、オリックス・糸井嘉男が大きく立ちはだかった。それでも、2年連続の大台となる.327は自己最高。打撃において球界トップクラスの実力を証明した。

 人一倍の努力を続けてきたからこそ、今の輝きがある。二軍生活を続けていたころには、1日4800スイングをこなしたこともあった。春のキャンプでは毎日、練習前と練習後に、約50メートル離れた場所に直径1メートルの穴が空いた防球ネットにライナー性の打球を入れるティー打撃を繰り返す。巧みなバットコントロールは、こういった努力があったからこそ身に付いたものだ。

相手投手の左右を苦にせず、安打を重ねるスプレーヒッター



 打撃において心がけることは実にシンプルなものだ。「下半身を使って打つこと」。下半身が安定しているからこそ、安定したインパクトを生み出す。元捕手としての経験も大きく生かされている。打力を生かして内野手にコンバートされるまで、06年の入団から4年間は捕手が本職。下半身強化が欠かせないポジションで培ったものが土台となっている。

 さらに「ボール球に手を出さない」ことも高打率を残せる1つの要因。これにも過去のキャリアが大きくかかわる。13、14年に一軍チーフコーチとして見守った仁村徹二軍チーフコーチは「ここまで来るのに時間がかかった。でも、我慢する期間が長い選手は、陽の当たる時間も長い」と話す。下積みが長かったからこそ1打席の我慢につながり、この先も輝き続ける力となる。
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