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球界120人が選んだ!「投球術」最強投手ランキング

たった1つの変化球で打者を牛耳った男たち

 

真の技巧派投手とは1つの球種をとことん究め尽くして自在に操れる投手のことを言う。稲尾和久小山正明木田勇土橋正幸らのそれぞれの「この1球哲学」を紹介してみよう。
文=平野重治、写真=BBM

稲尾は真っすぐしか投げなかった!?


 先週号の「おんりい・いえすたでい」で「どんな剛速球投手でも、技巧がなければピッチングは組み立てられないのだから投手はすべて技巧派と言ってよいのである」と書いた。

 日本では、この技巧が「多彩な変化球を駆使すること」とほとんど同義になっているが、変化球は1〜2球種、それでも技巧が冴えた投手が日本のプロ野球史上にはたくさん存在する。

 まず最極端の例。それは、あの“鉄腕”稲尾和久(西鉄)である。この人の持ち味は真っすぐだけ。指をちょっと横にズラせばカットボールになり(稲尾は大きくスライドするスライダーは投げなかった)、ちょっと左肩を開いて右腕の出を遅らせればシュートボール。カーブはまったく投げなかった。稲尾本人は投げたくてウズウズしていたのだが、捕手の和田博実が許さなかった。

「あんなカーブ、だれでも打てる」と和田。それでも稲尾があまりにしつこく「投げさせてよ」と懇願するので、うるさくなり「じゃあ、1球だけ投げてみろ」とカーブのサイン。これがものの見事にホームランされた。以後、稲尾はカーブのカの字も口にしなくなったそうな。

“鉄腕”こと稲尾の最大の武器はストレートだった



小山のパームは王対策だった


 次はパームボールの名手、小山正明(阪神ほか)。「150キロ台がバンバン出ていた」(小山)という50年代後半に、すでに「球威が衰えたときのために、新しい球をマスターしなくては」と野球雑誌などで何がいいかを調べているうち、パームボールというのが目に入った。握りの写真を見て、解説どおりに投げてみると「これはいい。しかも、肩、ヒジに負担がかからない」(小山)。

 で、58年の日米野球、対カージナルス戦で、“ザ・マン”スタン・ミュージアルの打席で試してみると、ミュージアルは見事に空振り。しかし、実戦で多投するようになったのは、王貞治(巨人)に、あまりにホームランを打たれ(シーズン7本というのもあった)、何とか抑えねば、となってからだ。64年に東京(ロッテ)に移ると、完成したパームボールは、面白いように決まり、自身初の30勝をマーク。もちろん、カーブもシュートも投げたが、パームはストレートとまったく同じフォームだったから(ここがパームボールの勘どころ)最高の決め球となった。

小山はパームボールを完全マスターし、シーズン30勝を成し遂げた



 筆者が生で見たパームボールの使い手では、木田勇(日本ハムほか)が最高だった(小山は年代的に、記者席からじっくり見ることができなかった)。なるほどフォームでは、まったくストレートと区別がつかない。しかし、パームボールは、ワンテンポ遅れてやってくる。で、打者のバットは空を切る、というパターン。後年、木田にこの“魔球”について聞くと、「パームは左ヒジ(木田は左腕投手)を土に突き刺すような感じで投げる。これは、ヒジに負担をかけましたねえ」と言った。

 小山は「負担がかからない」と言い、木田は「負担をかけましたねえ」と言う。変化球とは奥が深いものなのだ。

真っすぐと同じフォームでパームボールを投げた木田。これぞ魔球だ



土橋のちぎっては投げスライダーは抜群の制球力、すべてはここだ


 4人目は、スライダー一本槍で日本一投手となった土橋正幸(東映)だ。土橋の持論は「スライダーは140キロ以上のスピードがなければならない」だった。これも稲尾と同じカットボールだった。土橋はこのカットボールを、打者が構えるか構えないかのうちに投げてくる。とにかくテンポが速かった。しかも、コントロールが雑にならない。「オレは、とにかく球数をいっぱい投げるのが嫌いだった。サッサと片付けるのがオレの流儀よ」と土橋。浅草育ちの江戸っ子は気が短いのだ。

 土橋は30勝した61年に393回も投げているが四球はわずか45。ちなみに稲尾はこの年日本記録の42勝をマークしているが、404回で72四球。土橋のコントロールがいかに投手ばなれ(?)したものだったかが分かるだろう。

スライダーの名手・土橋は、とにかく投げるテンポが速く、それでも制球力は抜群だった



 素晴らしい変化球を1つ持っていれば、このように投手は成功できるのである。ただし、これには条件がある。その変化球を自在にコントロールできること、これである。これができないから、投手たちは苦労する。

 当たり前と言えば当たり前の結論になってしまったが、江川卓(巨人)は「自分のピッチングは、振ってもストライク、見逃してもストライク。これです」と語っているが、ストライクゾーンで勝負してこそ本当の投手なのだ。しかし、これほど言うはやすし、実行は困難なことは他にない。

 だから、安田猛(ヤクルト)はこんなセリフを吐くのだろう。

「野球は投手力が7割、打つ方が3割なんて言われますが、投手だって3割なんです」

 じゃあ、あと4割は何なのか?

「それは運ですよ。野球は4割が運。ただ、それをどう呼び込めるか、これの勝負なんです」

 81イニング連続無四死球の日本記録を持ち、プロ野球史上最高の制球力を誇った男が言う「運」とは、何なのだろうか?

 まあ、よく言われる野球運がそうなのかも。話は振り出しに戻るが、野球運を呼び込むのは、結局、コントロールなのである。こちらがミスをせず、スキを見せなければ、相手がミスを犯し自滅する、それが野球という競技なのである。
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