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密着 阪神・能見篤史 テーマは「真っすぐの質」

 


速球派左腕として2012年には最多奪三振も獲得した能見篤史。ここ数年は変化球に頼ることも多くなり、2年連続で2ケタ敗戦を喫した。ベテランと言われる年齢となり、技巧派への転換を迷っていたという。だが、金本知憲監督就任後のミーティングで「真っすぐにこだわれ!」と背中を押された。今年はもう一度速球に磨きをかけ優勝に貢献する覚悟を決めている。
文=道辻歩(デイリースポーツ)、写真=BBM



直球の質に磨きをかける


 冬であって夏のような強い日差しを浴びることで、ここが沖縄であることを感じさせてくれる。宜野座を支配するのはさまざまな変革。のどかな雰囲気はそこにない。新外国人が加わった。かつてともにプレーした藤川球児も帰ってきた。何より金本知憲監督が新たに就任し、練習の空気も変わった。激しく動き出した猛虎。コントラストを描くように、能見篤史は淡々と調整を進めている。開幕に向けて、一歩一歩着実に。逆襲の炎は静かに胸の中で燃やしながら。

「(昨シーズンは)自分としては物足りないと感じました。ここ2年負け越しているので、どう打破するか、しっかり考えていきたい」

 一昨年の9勝13敗に続き、昨年は11勝と2ケタ勝利を記録しながらも13敗を喫し、2年連続で負け越す結果となった。もちろん、勝敗は投手の力だけで左右できるものではないが「勝ちと負けを逆にしないと」と力を込める。今年に懸ける強い思い。原動力の一つとなっているのが、昨年10月のこと。就任直後の金本監督が全選手を集めたミーティングを行ったときに、直接ゲキを飛ばされていた。

「能見には言った。工藤(公康現ソフトバンク監督)さんみたいなピッチャーになれと。技巧派にはいつでもなれるから。チーム方針として、ピッチャーはまず速い球にこだわる。まずはそこから」

 あえてその名前を挙げたのは、同じ左腕ということだけが理由ではない。工藤監督は48歳まで現役生活を続けただけでなく、40歳を超えても140キロ超えの直球を投げていた。能見は今年で37歳を迎える。まだ老け込む年じゃない。年齢に関係なく、直球で勝負していってもらいたいという指揮官の思いが、そこにはあった。能見はうれしかった。

「そう言ってもらえるのはありがたい。その気持ちでやるので」

 それは、自身がシーズン中に感じていたことでもあったからだ。

「(捕手のサインが)どうしても変化球のほうが年々多くなっているというのもありますし、その意味を自分が理解しないと。勝負のところでなかなか真っすぐのサインが出ないところが、そういうところかなと感じます。キャッチャーが真っすぐでも勝負できるな、という質を求めていかないといけない」

 能見の投球の中では、追い込んでからのフォークを警戒されることが多い。ただ、その変化球も投球の基本となる直球が走っていてこそのこと。ここ数年「いずれ(投球スタイルの)分岐点というかそういうものはくる」という考えは持っていた。そろそろ……なのか、まだ早いのか。いずれにしても、直球へのこだわりだけは失いたくない。そんなタイミングで、金本監督から背中を押された。前向きに、新たな16年を迎えたのは言うまでもない。

 キャンプに入ってからは精力的にブルペンでの投球を行い、順調に調整を続けている。キャンプ序盤は、変化球を投げずに直球だけを右打者のインコースを狙って、左腕をしならせた。これは毎年行っている独自の調整法。「いいフォームじゃないと、そのコースにいかないから」と話すように、フォームの確認作業の一つ。例年どおり、今年も変わることなく取り組み、土台作りに励んだ。



シーズンを通し先発の軸に


 2月14日の、自身今季初実戦となった紅白戦では2回2安打2三振1失点という結果。「真っすぐの質」をテーマに掲げた中、失点は守備のミスも絡んだものでもあり「思ったより良かった。しっかり投げられた。去年と比べても全然大丈夫」と手応えを口にした。その日、同じように登板していたメッセンジャー岩田稔も含めて、金本監督は「能見もメッセも岩田も、みんな投げて安心です」と信頼を強調。昨年からメッセンジャー、岩田、藤浪晋太郎らとともに、先発ローテの4本柱を形成する一人でもあり、首脳陣からの期待には大きなモノがある。

 優勝を狙う上で欠かせない能見の活躍。どのチームも手強いとは言え、昨年の3位という順位を考えれば、特に上の2球団、ヤクルト巨人に勝っていかなければ2005年以来の歓喜は見えてこない。そこにも期待がかかる。昨年の能見の対戦成績では、ヤクルトに0勝3敗、そしてライバルの巨人に2勝2敗。ヤクルトには一昨年は勝ち越したものの、巨人に限れば11年の4勝1敗以来、勝ち越していない。

 能見と言えば「巨人キラー」というイメージが強い。昨年、能見自身は「もういいですよ」と話すこともあったが、実際に12年9月15日の対戦から、14カード連続で巨人戦の登板を続けていた。昨年には、阪神では6人目となる球団5位タイの巨人戦通算20勝を記録。能見の通算勝利数が84勝のため、自身の勝ち星の4分の1近くを巨人から挙げている。それだけでも際だった強さと言える。負け越したとは言え、12、13年は対戦防御率も2点台だったが、ここ2年の対戦防御率は5点台となっている。

 能見には、相性は「その年によって変わるので」という考えがあるだけに、前年の対戦成績はそれほど気にかけない。過剰な意識を抱くこともない。まずやるべきは自分自身のこと。体の部分で言えば、昨年から意識的に取り組み始めた臀部(でんぶ)のトレーニングも継続している。そこも、直球を磨くことにリンクしてくるもの。技巧派への「変革」はなく、速球派としての道に突き進むことが「巨人キラー」の復活にもつながってくる。

 今年でプロ入り12年目。ルーキーイヤーだった05年にリーグ優勝を経験したが「僕の中では優勝はしていないに等しい。2カ月ぐらいしか一軍にいなかったので」と振り返る。

 チームの軸としてシーズンを通して貢献する。その上での「初優勝」を目指す。応援してくれるファンのため。そして金本監督のため。

「トレーニングとか野球に取り組む姿勢もそうですけど、とにかくすごいところしか見てきてないので」

 金本監督の現役時代、能見はロッカーが隣だった。魂を込めてトレーニングに打ち込む背番号「6」をずっと見てきた。10年に右足楔けつ状骨を剥離骨折したときには「治りが早くなるように」とサプリメントも手渡された。学んだことも多い。能見にとって、金本阪神の船出は、数え切れないほどの恩を返す日々の幕開けでもある。

キャンプイン前から自分の投球の方向性が見えていた。目的を持ってキャンプを過ごしていることもあり自然と笑顔もこぼれる[右は下柳剛臨時コーチ]



PROFILE
のうみ・あつし●1979年5月28日生まれ。兵庫県出身。180cm73kg。左投左打。鳥取城北高から大阪ガスを経て05年自由獲得枠で阪神に入団。新人で開幕一軍入りを果たした。09年に13勝を挙げ先発ローテ投手に。11年から3年連続2ケタ勝利を記録。12年に奪三振王を獲得した。14、15年は2ケタ敗戦を喫した。16年は速球に磨きをかけ、先発4本柱の一人として2ケタ勝利と優勝を目指す。
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