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激動の平成移籍史

日米の距離を近づけた“平成の産物” ポスティングシステム

 

平成という時代では、NPBとMLBの距離が近くなり、ファンにとってもメジャーが身近なものになった。若い選手たちは、FAではなく、ポスティングシステムでメジャー挑戦ができる権利を得られたことは大きい。平成に生まれた画期的な移籍システムだ。

日本人で最初にポスティングシステムを使いマリナーズに移籍したイチロー


選手の希望と日本球団のメンツを保つ折衷案


 平成6年(1994年)オフに野茂英雄がドジャースとマイナー契約。このときに日米間での移籍に関する協定などはなかった。それまでメジャー球団が日本での最終所属球団の承諾を得ることを強制されていなかったこともあり、そのスキをつき任意引退となり契約を結び、夢の舞台で大旋風を巻き起こした。8年(96年)には千葉ロッテ伊良部秀輝が、ヤンキースへの移籍を求め、パドレスへのトレードを経由してヤンキースへの移籍を果たしている。

 この後、MLBから選手の獲得機会均等の制度作りの要求があり、協議の結果11年(99年)に「日米間選手契約に関する協定」がMLBとNPB間で調印され、ポスティングシステムができた。このシステムを最初に使用したのが広島アレファンドロ・ケサダで、レッズに移籍した。

「ポスティングシステム」の言葉が世間に認知されたのが・・・

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