夏色に染まった岩手路で高校生が刻んだ『160キロ』は、衝撃以外の何物でもなかった。
2012年、7月。花巻東高の
大谷翔平は3年夏を迎え、岩手県大会準決勝(対一関学院高)の先発マウンドに上がった。盛岡市三ツ割にある岩手県営野球場のど真ん中で、体内に秘められた大きなエンジンを思い切りふかす大谷がそこにはいた。初回から150キロ超えのストレートを連発。球場を覆う高揚感が一気に増したのは6回表だ。二死二、三塁とピンチを迎え、大谷の本能がむき出しになる。左打席に立つ五番打者に対し、初球は157キロのストレート。その時点での自己最速である。その後も150キロ台のストレートだけで押し込み、4球目には159キロを計測。そして、6球目。打者のヒザ元に完璧に制球されたストレートが、捕手のミットに吸い込まれた。
赤いランプの『160』が浮かぶ。バックスクリーンの電光掲示板に映し出されたその球速表示を見ることなく、大谷は雄叫びを上げた。当時の出来事を、彼はこう振り返ったことがある。
「投げた瞬間は・・・
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