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あの夏から10年…中継ぎからチャンスを狙う斎藤佑樹「僕もいつか野球でガツンと」

6月3日の巨人戦では4点ビハインドの場面で救援登板。中軸を三者凡退に抑えた(写真=BBM)

2016年6月21日(火) 16:00 

入団時以上のパワフルさが出てきた


 夏が到来すれば思い出す。聖地の覇者として輝き、君臨した1人の男のことを――。

 斎藤佑樹。もう、あれから10年の月日が経った。2006年夏の甲子園。今も伝説として語り継がれる死闘を演じた。まだ野球ファンの記憶に新しく、鮮烈にその軌跡は刻まれているだろう。

 延長15回再試合の末、頂点に立ったのが早実だった。エースの斎藤の歴史的な力投ショーは国民的な関心事になった。現ヤンキースの田中将大が背番号1を背負い3連覇を狙った駒大苫小牧高を撃破。甲子園の熱狂を独り占めして一躍ヒーローになった。名門・早大での4年間も他の追随を許さないキャリアを積み上げていった。4球団が競合するドラフトの目玉として2010年に1位で日本ハムへ入団。プロでも羽ばたくはずだった。存在感は少しずつ小さくなり、今季で6年目を迎えた。斎藤の現在地、そして向かっていく先とは――。

 交流戦を終えて1つの節目を終えた今、斎藤は理想とは違う役割を託されている。中継ぎ要員。しかも主にビハインドの展開のロング救援として一軍に同行している。酷だが、真っ正面から向き合っている。

「先発できるチャンスがあれば、と思っています」

 息を潜めているようだが、野望は失っていない。21歳の大谷翔平、早大の後輩の有原航平……と群雄割拠のライバルたち。割って入るために、むしろ一念発起の思いを強く、かき立てられているのだ。秘めた確信がある。

「少しずつ自分のボールが投げられるようになってきている。ゼロを続けていかないと。次に向けて、いろいろ課題はある」

 どん底から脱し、開き直りと覚悟がある。2年目の2012年11月に右肩関節唇損傷。選手生命の危機に直面するような致命傷を克服して、パフォーマンスを見直した。さらに復帰後から地道に、向上もさせてきたのだ。「直球でファウルを取れるようになってきた」。生まれ変わり、力強さに自負が持てるようになってきている。

 就任直後の2012年に開幕投手に抜てきした栗山英樹監督はあふれんばかりの親心で見守ってきた。そして、実力を認める。「少しずつだけど『佑樹らしさ』が出てきているよね」。周囲の投手コーチ陣や捕手陣、また受けるブルペン捕手も好転の兆しを感じている。総じて入団時以上のパワフルさを、実感しているのだ。

 今季は開幕は二軍スタート。先発ローテーション争いに敗れ、ファームで先発を務めていたが急きょ一軍招集された。5月5日に初昇格して中継ぎ陣へ。交流戦終了までに6試合に登板し、失点は1試合のみ。計7回1/3を防御率2.45と無難にまとめている。

 先発陣のコマは潤沢だが、先発ローテーションに加わる可能性は残されている。栗山監督も「いろいろ考えている」と示唆したように、活路を模索しているのだ。

 現状のピッチングスタッフのアクシデント、また状況次第では、チャンスは十分にあると見る。中継ぎとはいえ一軍に同行しているのは、正真正銘の能力を総合的に評価されての登用でもあるからだ。

 同世代は田中とドジャースの前田健太のメジャー組に、巨人坂本勇人ソフトバンク柳田悠岐ら日本球界をけん引する人材がそろう。その世代No.1で、トップランナーだった斎藤。日ごろはオープンにすることはないが、甲子園でしのぎを削った田中への思いを赤裸々に明かしたことがある。

「本当に言いますけれど、甲子園が終わってからも僕の方が上だと思ったことは1度もない。でも心のどこかでは、負けたくないというのはある。プロのスタートも違うし、進むべき方向も違う。でも僕もいつか野球で『ガツン』という思いは、強く持ってはいます」

無敵の駒大苫小牧高、そして田中にぶつかっていって打ち破った10年前の夏。その時のような精神世界を、今も絶やさずに保持している。強いメンタルに実績に技術、そしてルックス……。
 
 常人では単純に計れない大スターの資質を「心技体」で一体化させ、解き放つ時が来るのか。その時に再び、斎藤佑樹が「持っている」と形容されるスペシャルなスペックが、爆発する予感がある。

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