今季は1勝だった。12月5日、球団事務所で交渉し、1300万円減の年俸5500万円(金額は推定)の条件を飲んだ
大隣憲司は、会見で悲壮過ぎる決意を口にした。まだ、32歳なのに、である。
「来年やってやろうという気持ちになっています。来年が最後くらいの気持ちで勝負をかけたい。若手にも勝てる自信はあります」
難病の黄色じん帯骨化症の手術をしたのは、2013年の6月だ。この難病にかかった投手で史上初の一軍での勝利投手になった14年には、CSファイナルステージや日本シリーズで活躍。誰もが復活を確信した。だが15年は、8月に左ヒジの手術をした影響で5勝(4敗)。16年は1勝と、勢いに乗れないままだった。
乗り越えた。周囲からはそう、言われる難病だが、背中にはまだ3つの「予備軍」がいる。年に1度の検診は欠かせず、再発すれば「野球はできない」と担当医からも明言されている。「自覚症状はなくとも影響が出る可能性もあると聞きました」と大隣。今季、体の回転がうまくいかなかったことがあった。後遺症とは思いたくないが、運命は覚悟している。
いつ、顔を出すか分からない時限爆弾を抱えているからこそ、冒頭の言葉に重みがある。
「いい手応えはつかみつつあるんです」
1月は2年ぶりに沖縄で自主トレを行う。来季の目標を問われた背番号28は即答した。
「開幕ローテーションを目指したい」
復活へかける思いは誰より強い。