ヤクルトの
鵜久森淳志は、沖縄・浦添キャンプ1日目の2月1日に、30度目の誕生日を迎えた。通算47本塁打を記録した愛媛・済美高時代、2004年に初出場したセンバツで優勝に貢献。同年、
日本ハムからドラフト8位で指名を受けた。だが、日本ハムでは故障などもあり、思うような結果が残せず。15年シーズン後に、戦力外通告を受け、12球団合同トライアウトを経て、ヤクルトへの入団が決まった。
「恩返しをしたいという思いで日々やっています。拾ってもらったというのは常にある。一度クビになっているので、打席に立つ喜びを感じている。すごく雰囲気のいい中でやらせてもらっている」と鵜久森。プロ13年目。30歳の節目を迎えた大砲が思うのは「恩返し」だった。
その思いをバットに乗せた。4月2日の
DeNA戦[神宮]。4対4の延長10回一死満塁。真中監督は「代打・鵜久森」を告げた。その初球を一閃。左翼席への代打サヨナラ満塁本塁打を放ったのだ。球団では1982年の
岩下正明以来、35年ぶり2人目。移籍1年目だった昨年3月30日の
阪神戦[神宮]では、開幕4連敗中だったチームを救う決勝本塁打も放っていた。
「ああいう声援をもらえてうれしかった。レギュラーを目指してやっているけれど、シーズンに入ると役割がある。その役割を考えてこなしたい」
高校時代のようにチームを引っ張り、頂に立つ。それこそが「恩返し」だ。