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川上巨人に「最低勝率」の屈辱を味わわせた64年広島カープの4首脳
この年の17勝(11敗)がのちの強さの礎となる

 



 今週号は広島の大特集だが、この写真は、いまから51年前、1964年の広島の首脳陣。8月2日の対大洋ダブルヘッダー(川崎)の第2試合前、グラウンドに散ったカープナインを見やっているところである。

 左から白石勝巳監督、“フィーバー”平山智コーチ兼外野手、長谷川良平コーチ、そして、上田利治コーチ。いずれも、プロ野球史にその名を残す人たちだが、この“4人組”はこの年、カープファンが胸のすくような“快挙”をやってのけている。それは、川上哲治監督率いる巨人を17勝11敗と圧倒したことである。川上巨人は、どうも広島と相性が悪く、2年前の62年にも12勝14敗1分と負け越している。王貞治長嶋茂雄のON砲がガンガン打ちまくり始めたころなのだから広島の健闘がいっそう光る。

 64年の巨人は、広島のほか、大洋にも負け越し(12勝16敗)、連覇を逸するのだが(3位、広島は4位)、何と言っても前年最下位の広島に最多敗戦とたたかれまくったのが痛かった。優勝した阪神に15勝13敗と勝ち越しているのだから、不覚では済まされない敗戦となった。おかげで巨人の勝率は.507。実は、この数字、川上監督が巨人を率いた14シーズン中の最低勝率なのである。

 64年の広島の対巨人戦を振り返ってみると、巨人打線を2点以下に抑えた試合が12試合もあり、投手陣がよく踏ん張ったことが分かる。打線もよく打ち7月15日の試合(後楽園)は4本塁打を放って11対0の大勝。本拠地・広島での3タテが2度。カープファンは狂喜したことだろう。

 初優勝の75年まではあと11年もあるが、こういう戦いを積み重ねて、広島は徐々に徐々に強くなっていった。右端の上田コーチはまだ27歳の若さ。12年後の76年に阪急監督として、巨人と日本シリーズを戦うことになるのだが、第1戦前の「巨人に負けるワケがない」の強気なセリフは、62、64年の快勝が言わせたのかも。
文=大内隆雄
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