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昔のプロ野球選手は、大相撲の力士と、とても仲が良かった
太っさんの上半身は見事!三段目では相手にならなかったそうな

 

文=平野重治、写真=BBM



 名古屋場所が終わってすぐ、読売新聞に、名古屋場所が準場所から本場所に昇格したころの話が載っていた。昇格したのは58年だが、見出しは「57年前冷房なし『熱帯場所』」。暑さ対策は、氷柱と酸素ボンベからの酸素放出。9000人も入ったのだから、ほとんど効果はなかったようだが、酸素放出時はタバコ厳禁。ということは、場内は、スパスパOKだったんですかね。

 この場所の優勝者は初代若乃花。三賞は殊勲が安念山、敢闘が信夫山、技能が成山(なるやま)。見事に「山」が並んでいる。しこ名から「川」や「山」が消えて久しいが、今年の名古屋では幕内に「山」は3力士いたが川はゼロ。だから、58年の名古屋の三賞には郷愁をそそられた。

 敢闘の信夫山は、実は筆者と同郷で、信夫山の生家は筆者の実家から300メートルぐらいしか離れていない。信夫山の姪が小、中学校の同級生だった。場所が始まると、我が家の裏手にある神社に毎日必勝を祈願する信夫山の父親の姿があった。

 それはともかく、プロ野球選手は昔から大相撲の世界と付き合いが深く、写真のように、西鉄の中西太(右)などは、井筒部屋で「スモウトレーニング」に励んでいた。

 西鉄の選手たちは、九州場所中は、オフということもあって、よく力士たちと遊んだ。豊田泰光に聞いた話だが、初代・若乃花は「稲尾(和久)のボールなんかワシでも打てるワイ」と無謀にも(?)挑戦状をたたきつけたことがあったそうな。しかし、鉄腕の投じるスローボールに、若乃花のバットはかすりもしない。何度振ってもダメ。カンシャクを起こした若乃花は「やめた、やめた」とバットを放り投げてしまったという。

 写真に戻ると、中西の実力は相当なもので井筒部屋の三段目クラスには圧勝だったらしい。太っさんの上半身、隣の伊集院(十両)の上半身にそん色ない立派さ。特大ホームランを打てる秘密が少し分かったような気がした。

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