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プロ野球公式戦の初ナイターは米軍夜間照明設備を利用したもの。とにかく暗く、選手には災難だった

 

文=平野重治



 8月17日、ラジオの「今日は何の日」的なコーナーで、いくつかの局が「日本のプロ野球で初めてナイターが行われた日」と紹介していた。「プロ初ナイター」という響きは、日本人には、何か郷愁をそそるものがあるようだ。これは復活したプロ野球に敗戦、米軍基地、接収、ヨコハマ……といったものが、からみついているからだろうか。

 1948年8月17日、横浜ゲーリッグ球場で日本のプロ野球公式戦では初めてとなるナイトゲーム、巨人-中日戦が行われた。現在の横浜スタジアムのあるところに建てられていた球場は、戦後すぐ、米軍に接収されて「ゲーリッグ球場」と名付けられ、またたく間に夜間照明設備がつけられた。米軍は神宮球場も接収して「ステートサイドパーク」と改称、やはり、照明設備をつけた。米軍は兵士たちに夜間スポーツの楽しみを与えることが必要と考えたのだ。

 その設備を利用したのが17日の巨人-中日戦。しかし、これは選手には災難だったらしい。この日、二塁手で出場した巨人・千葉茂の話を紹介したい。

「夜間試合(ナイターという表現はまだなかったようだ)と言っていたが、ホンマ、夜間の試合や。ボールがまるで見えんのやから。とにかく暗かった。それでも珍しさで超満員。川上(哲治)の打球がエンタイトル二塁打かどうかでモメたが、暗いし、客は手を出すで、そりゃ分からんわな。外野手が打球を追ったら、ボールが3つも4つもあるので面食らったなんて笑い話もあったな。試合前の練習で拾い忘れたボールがいっぱいあったワケや。とにかくあのノーコンの中尾(碩志)が完投したのも(3対2で巨人)、暗さのおかげや」

 28日には、神宮で巨人-急映戦が行われたが、こちらは少し明るかったようで29日付の読売新聞は「九十万燭光の昼をあざむく光芒は……」なんて書いている。観衆は6万人。こちらは8対7で急映。

 のちに球場名は日本の独立で「平和球場」と改められた。写真は65年の外観(3月27日、国鉄-南海オープン戦)。

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過去の写真から野球の歴史を振り返る読み物。

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