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幾多の大捕手、名捕手、好捕手を見てきたが森昌彦(祇晶)捕手が最も印象深い。のちの大捕手、大監督の20歳前後は……

 

文=大内隆雄


 来週号(7月4日号)はキャッチャーの大特集だそうだが、筆者がこれまで記者席から見てきた捕手で記憶に残る人たちを思い出してみると、野村克也(南海ほか)、森昌彦(巨人)、木俣達彦(中日)、吉田孝司(巨人)、中沢伸二(阪急)、水沼四郎(広島ほか)、梨田昌孝(近鉄)、山倉和博(巨人)、中尾孝義(中日ほか)といったところになる。MVPが3人、日本シリーズMVPが1人、野球殿堂入りが2人。まあ、いい時代に捕手をウオッチングできたということだろう。

 さて、先の記憶に残る9捕手の中で、最も印象に残るのは、森昌彦(現祇晶)捕手だ。もちろん、西武黄金時代の名監督だった、あの森さんである。1985年、「週ベ」の評論家だった森さんに1年間担当として付いて、日本中を歩き回った。よく「勉強になったろう」と聞かれるのだが、実は、「捕手とは何か?」のような話はほとんどしなかった。聞こうとしても、森さんは、巧みにはぐらかした。要するに「君に話しても分からんだろう」ということだった。こちらは、はぐらかされても落胆はしなかった。ほかに面白い話が無尽蔵だったからだ。

 森さんは、1955年に岐阜高から巨人に入団したのだが(あの馬場正平さんと同期)、二軍時代の苦労話が特に面白かった。ここで披露している余裕はないが、1つだけ紹介する。何度か書いたことだが、巨人の大投手たちは気まぐれに川崎・新丸子の合宿に車で乗りつけ、二軍の捕手を呼びつけて投球練習をしたりすることがあったのだが「藤本さん(英雄、この55年に200勝達成)がグリーンのフォルクスワーゲンでやってくるのや。これが何ともまぶしくてなあ。ああ、これが巨人の大スターか、と。こっちは明日はどうなるか分からん身。この恐るべき落差……。でも、この落差がオレを奮い立たせたんやな」と森さん。

 森さんは5年目の59年に正捕手となるのだが、初めて一軍マスクをかぶったのが56年(7試合)。この写真は、その年の春、南海オープン戦(大阪)での1枚。その表情には「さあ、ここからだ!」の静かなる闘志が表れている。

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