文=平野重治
今シーズンのMVPはだれか。これは例年以上の面白い選考になることは必定だ。まあ、常識的には
広島は打点王獲得なら
新井貴浩。
ソフトバンクなら主将・
内川聖一。
日本ハムなら球界全体をイメージアップしてくれた
大谷翔平だろう。「どこでもガチガチ。何が面白いの?」の声が出そうだが、MVPの選考は記者投票。記者たちは1位から3位までの順位をつけてリストを提出。1位は5点、2位には3点、3位には1点がそれぞれ与えられ、そのトータルで決まる。新人王のように単記投票なら、前出3選手の楽勝となるかもしれないが、MVPの場合は、意外な結果になることがある。
だから、広島のジョンソン、
野村祐輔、
菊池涼介、
丸佳浩、
鈴木誠也らにもチャンスあり。ソフトバンクなら
サファテ、
和田毅ら。日本ハムならタイトル次第で
レアード、
中田翔も。「意外な結果」で忘れられないのは、1987年のMVP選出。
巨人・
王貞治監督が就任4年目で初優勝したこの年、MVP有力候補は、最優秀防御率(2.17)とリーグ2位の15勝の
桑田真澄、リーグ最多登板(63)、7勝18セーブ、防御率1.90の
鹿取義隆だった。127試合にマスクをかぶり22本塁打、打率.273の
山倉和博もVに大きく貢献したが、2投手ほどの強い印象はなかった。
原辰徳は34本塁打、95打点、打率.307と安定した数字だったが、記者たちは「原はいつもソコソコだからなあ」と、イマイチ評価が低かった。
さて投票の結果は?山倉が565点、鹿取が562点、桑田が476点、原が334点。山倉のMVP受賞となった。それにしてもわずか3点差とは……。実は、1位票では鹿取73(最多得票)、山倉67と鹿取が6票も上回っていたのだ(桑田52、原29)。鹿取にはあきらめ切れない結果となった。当時の我々は「山倉も鹿取もMVP。それでいいじゃないの」と考えて納得したものだ。写真は84年の50周年ユニフォームの2人。この年、鹿取は4勝6セーブ、山倉は規定打席数にかなり不足の打率.241。「ピッチャー鹿取!!」も「意外性の男」もまだ“巨人ローカル”内での通用語だった。