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この号は11月9日の発売、さて、昨年の11月9日に何があったか?巨人3選手の野球賭博行為が明るみに!昔の鶴岡監督はえらかった!

 

文=大内隆雄


 この号は11月9日の発売(一部地域を除く)だが、さて、去年(15年)の11月9日に何があったか覚えていますか?2日前の夕飯も忘れてるんだから、そんなもの覚えてるワケないだろうって?ごもっとも。しかし、大変なことがあったのです。巨人は野球賭博行為に関与していた3選手との契約を解除する予定であることを発表したのです!

 これには日本中がビックリだったが、翌10日、熊崎勝彦コミッショナーは、この3選手を無期失格処分とし、巨人は3選手を解雇した。巨人・原沢敦球団代表が、前日引責辞任した。

 プロ野球選手と賭博行為の問題は、忘れたころにやってくる。69〜70年の“黒い霧事件”で、あれほど痛い目にあっているのに、またしても、だった。

 この3選手は、試合中の八百長行為はなかったようだが、プロ野球と八百長は、そのスタート時から“腐れ縁”があり、猖獗を極めたのは終戦直後。これに敢然と立ち向かったのが、南海・山本(鶴岡)一人監督だった。自著『御堂筋の凱歌』(小社刊)では、「賭け屋との対決」という一章を立てて、当時のすさまじい状況を語っている。とにかく、くさい、とにらんだ選手を刑事や婦人警官に頼んで尾行してもらったというのだから本当にひどいことになっていたのだ。

「八百長をやるのは投手、二塁、センターを結ぶ中心線が多いということを聞かされていたので、ぼくは三塁手であったが、それらの線のよく見える一塁を守って監視の目を注いだりした」と鶴岡は書く。プレーイングマネジャーだった鶴岡が試合中にあっちへ行ったり、こっちへ来たりなのだから、采配どころではなかっただろう。

 大事なことは、八百長の事実をつかんで整理した選手に情をかけないことだった。「(整理した)選手の先輩から、『もどしてやってくれんか』といってきたが聞かなかった。一罰百戒の、断乎たる態度で、八百長退治にのぞんだのであった」。これがやれたのが鶴岡だった。写真は有名な中百舌合宿での畑仕事中の鶴岡だが(46〜47年ごろ)、この笑顔の陰には深刻な悩みがあったのだ。いまの監督サンは呑気なものである。
おんりい・いえすたでい

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過去の写真から野球の歴史を振り返る読み物。

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