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野村克也の本格野球論

野村克也が語る「クセ」

 

機密情報は味方にも漏らしてはならない


 プロ3年目、3割30本塁打を打った私はその後、壁にぶつかった。特にそれまで得意だったはずの西鉄のエース・稲尾和久が打てなくなっていた。私は友人に頼んで稲尾のフォームを16ミリフィルムに撮影してもらい、彼のクセを研究した。何度も何度も、フィルムが擦り切れるほど繰り返し見ていくうち、「この握りをしたときは、100パーセントインコース」といえるクセを発見した。つまり、それ以外は外角なのだから、気持ちを外に置けばいい。稲尾攻略は成功したかに見えた。

 ところが、である。あれはいつかのオールスター第何戦だったか、私は稲尾、杉浦(忠=南海)と3人でパ・リーグのベンチに座り、セ・リーグのバッティング練習を見ていた。すると、杉浦がふと稲尾にこんなことを言い出した。「サイちゃん、野村はようお前のこと、研究してるんだぜ」


 私は慌てて「やめとけ」と杉浦を制したが、杉浦は「いいじゃないか、美談なんだから」と言って、話を続けた。すると、稲尾の顔色がパッと変わった。「マズイ!」と思ったが、「まあ、あのくらいのヒントじゃあ分からんだろう」と、タカをくくっていた。

 そしてオールスター後、稲尾との初対決。稲尾はインコースにほうるときのクセを見せた。「ちょっと様子を見るか」と思って見逃すと、なんとその球はピューンっと逆のアウトコースへ。ストライクだ。パッと稲尾を見ると、ニタ〜っと笑っていた。企業秘密は決して同僚にも漏らしてはならない、とそのとき肝に銘じた。

 当時、ピッチャーはグラブでボールの握りを隠さなかった。しかしこの一件で、稲尾はパ・リーグのピッチャーというピッチャーに、「最近のバッターは握りを見てクセ探しをしている」と警告。そりゃ隠さないかん、とみなグラブで手元を隠し出した。今はグラブで握りを隠すのが当たり前だが、その必要性を広めたのは意外や、私なのだ。私はこうして・・・

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勝負と人間洞察に長けた名将・野村克也の連載コラム。独自の視点から球界への提言を語る。

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