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野村克也の本格野球論

野村克也が語る“バッティング(1)”「データの虜になったきっかけ」

 

山内流に野村流を加えた私のバッティング


 プロ入り3年目、春のオープン戦で私はチャンスを得た。ここで一軍に残るには、バッティングでアピールするしかない、と思った。

 私のポジションは、キャッチャーだ。キャッチャーは経験が一番。私はそのころ、まだ配球のイロハも何も分かっていなかった。ただ受けているだけの、まさに“壁”だった。

 幸いにして、と言ったら恐縮だが、レギュラーの松井淳さんは八番バッターで、バッティングの方はあまり良くなかった。というより、当時はキャッチャーといえば皆、八番バッター。打てない、足が遅い、でも肩は強い。それなら、キャッチャーでもやらせとけ。そういう時代である。

 私より上の選手では、大阪(現阪神)の土井垣武さんが『ダイナマイト打線』の中軸を担う“打てる捕手”として有名だった。余談ではあるが、土井垣さんは現在のファーストミットみたいな形のミットの原型を考案したと言われている。われわれがプロ入りしたころのミットといえば、中央がボコンとくぼんだ真ん丸な形で、まるでお盆で球を受けているようだった。土井垣さんが薄い、ファーストミット型のミットを使い始め、あれは捕りやすそうだと皆マネをした。

 バットに芯があるように、ミットにも芯がある。ちょうど手のひらの、親指と人さし指の間あたり。そこにボールが当たると痛いから、皆人さし指を外に出すようになった。われわれの丸いミットの時代は、そこにまともにボールが当たり続けたため、親指と人さし指が太くなって、現役をやめたころは曲がらなくなっていた。それから何十年もかけて、ようやく指も元に戻った。

 話を元に戻すと、レギュラーを獲るのに必死だった私は、なんとかバッティングでアピールしようと考えた。

 私がデビューしたころ、パ・リーグのスラッガーといえば西鉄・中西太さん、毎日・山内一弘さん。ただ、パワーの中西、業師の山内と、2人のタイプはまったく違う。私はマスク越しによく2人を観察した。

 中西さんの打球はすごかった。豪快なホームランに私もあこがれ、初めは中西さんのマネをした。しかし、どうもしっくりこない。きっと中西流は俺に合わないんだなと思い、今度は山内流で行くことにした。山内さんはムダな力を一切入れず、距離を測ってヒューン、ボットンとスタンドに入れるような技がある。山内さんの形態模写をしていくと、何かいい。こっちの方が・・・

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勝負と人間洞察に長けた名将・野村克也の連載コラム。独自の視点から球界への提言を語る。

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