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野村克也の本格野球論

今週の主題「稲葉篤紀引退」

 

稲葉、宮本、真中は『努力家三羽烏』だった


 プロ入り2年目にクビを宣告された話の続きを書くつもりでいたら、思わぬニュースが飛び込んできた。日本ハム稲葉篤紀が今季限りで現役引退するという。

 稲葉とは1995年から98年までの4年間、ヤクルトスワローズでともに戦った。あのころ宮本慎也真中満(現・ヤクルトチーフ打撃コーチ)、稲葉の3人を私は『三羽烏』と呼んでいた。

▲ヤクルトで稲葉と4年間、ともに戦って2度、リーグ優勝を果たした


 3人に共通するのは“努力家”であるということだ。朝から晩まで、コンコン、コンコン室内練習場で打ち込んでいた。

「何本打った、何時間打ち込んだってだけじゃあダメだぞ。打ちながら、感じなくちゃいかん」と言ってはおいたが、彼らは皆、言わずとも分かっていたと思う。打っている中で感じるものがあれば、嫌でも考える。考えることが、成長につながる。足が速いとか遠くへ飛ばすとか、そういった天才的なものはない、典型的な努力家である。

 大学時代は一塁手だったが、入団発表の当日、外野転向を命じた。その年のシーズン前はもちろん、試合前も味方のバッティング練習時、ライトへ行ってフライやクッションボールを追いかけていた。ボールを捕るや、試合と同じようにセカンドやサードへ返球する。肩はそれほど強くなかったが、元内野手だけあって、捕ってからが速い。コントロールも良く、バックホームもほとんどストライクが返ってきた。練習のときから、ストライクの送球を心掛けていたのだろう。ゴールデングラブ賞5度の受賞も納得だ。

 難を言えば、もう少し野球の中に遊びが欲しかった。真面目で、力を抜くことを知らない。いつも全力プレー。バッティングまで固くて、力み過ぎなのだ。遊びとは、すなわちリラックスである。しかし、やはり性格なのだろう。目いっぱいやらなければ気が済まない。“いい加減”では嫌なのだろうが、意外や一流選手は皆、性格がいい加減なのだ。だから、名選手は必ずしも名監督になれないんだ。

「備えあれば憂いなし」を常に忘れなかった模範生


 そんな模範生だったから、私は稲葉に何の苦言も呈した記憶がない。たるんでいるとか怠けているとか、そんなことは一切なかった。叱る材料さえなかったぐらいだ。

 稲葉が2009年、週刊ベースボールに連載コラムを書いていたころ、『素晴らしき恩師との出会い』というタイトルで、私との思い出を紹介してくれたそうだ。読ませてもらった。稲葉は私がミーティングで語った「備えあれば、憂いなし」という言葉が印象に残っているという。これは、私の持論だ。バッティングとは、いかにして次の球に備えるか。バッティングに限らず、どんなプレーも、いやどんな世界でも、備えの重要性は変わらない。

 稲葉はいずれ指導者となる器の持ち主だろうが、一度は現場を離れ、頭の中で自分独自の野球思想、哲学を整理し直した方がいいと思う。前にも言ったように、評論家という立場になってネット裏から試合を見ると、実に野球がよく分かる。なんでユニフォームを着ていたころ、これが見えなかったんだろうというぐらい、相手監督の心理や各バッターの長所、短所、ピッチャーの攻略法が見えてくる。

 私は無知無学という自覚があったから、引退後、懸命に本を読んだ。以前ここでも紹介した文筆家の草柳大蔵さんを師と仰ぎ、彼に推薦されて安岡正篤(思想家)の『活学』から読み始めた。そのとき覚えた言葉を、稲葉に贈りたい。

「男は3人の友を持て」

 すなわち、原理原則を教えてくれる人、師と仰ぐ人、直言してくれる人。特にわれわれのような立場になると、直言してくれる人はなかなかいない。私の場合も、唯一女房だけである(笑)。

 ところで、この連載が本になって、そろそろ書店に並ぶという。なんだ、連載をまとめるだけかと思ったら、編集部に新しい話を加えろと言われた。私はのんびりしたいのに、どこまでもこき使われる身だ。タイトルは『それでもプロか!』。大丈夫かな、こんなこと書いて。恨みに思う方も多々おいでかもしれないが、ご容赦を。

PROFILE
のむら・かつや●1935年6月29日生まれ。京都府出身。54年にテスト生として南海に入団し、56年からレギュラーに。78年にロッテ、79年に西武に移籍し、80年に引退。歴代2位の通算657本塁打、戦後初の三冠王に輝いた強打と、巧みなリードで球界を代表する捕手として活躍した。引退後は90〜98年までヤクルト、99〜2001年まで阪神、03〜05年までシダックス(社会人)、06〜09年まで楽天で監督を務め、数々の名選手を育て上げた。その後は野球解説者として活躍、2020年2月11日に84歳で逝去。
野村克也の本格野球論

野村克也の本格野球論

勝負と人間洞察に長けた名将・野村克也の連載コラム。独自の視点から球界への提言を語る。

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