「努力も才能のうち」は夢への執念の強さがもたらす
私は京都府下のド田舎育ちだ。子ども時代はテレビもなく、プロ野球の情報はほとんど入ってこなかった。そんな時代、あこがれ、思い描いたプロ野球界は「全員が24時間野球漬け」の世界だった。ところがテストに合格し、入ってみてビックリ。キャンプでは全体練習が終わるや、宿舎から選手の姿が消えた。シーズンが始まっても、遠征に出かければ同様。残っているのは監督とマネジャーばかりだった。
先輩方に誘われもしたが、私はあの時期、朝から晩まで野球、野球。野球のこと以外、頭に浮かばなかった。シーズンオフも、田舎へは帰らなかった。「頑張るのは今、人が休んでいるときだ」――あのころの私の考え方は、正しかったと思う。小さい鳥小屋のような室内練習場で、ガムシャラにバットを振り続けた。
4年目にレギュラーを取ったとき、先輩捕手の松井(
松井淳)さんに、「まさかお前に抜かれるとは夢にも思わなんだ」と言われた。それほどノーマークのテスト生だったのだ。
中には「努力も才能のうち」と言う人もいる。どうだろう。プロ野球は生身の人間の世界だ。機械に頼るわけでもなければ、人に助けてもらうこともできない。自分しかないのだから、自分が努力するしかない。こんな単純なものはないはずだ。ところが努力というのは厄介で・・・
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