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札幌から福岡まで日本列島を縦断しながら歩んだプロ野球人生は「出会い」に恵まれたものだった。先発から中継ぎに役割を変え、オーバーハンドからサイドハンドにフォームを変え、日本ハム、横浜(DeNA)、ソフトバンクの3球団に籍を置いた。変化を受け入れながら、与えられた環境の中で自分を生かす術を身につけた13年の長い年月。「あこがれ」だった世界で過ごした「夢のような」時間を振り返る。
取材=松井進作構成=菊池仁志写真=BBM



あこがれの世界を見た
長い夢から覚めて


――13年間のプロ野球人生を終え、どのような気持ちですか。

江尻 13年間が本当に夢だったんじゃないかなって感じています。昨年末、大学(早大)時代に通学で使った地下鉄に乗って、そのころの仲間との忘年会に行ったんですが、その車中で感じたんです。これまで、ただ夢を見ていただけで、本当はまだプロを目指している学生なんじゃないかって。不思議な感じですよね。

――悔いややり残したという思いはありませんか。

江尻 それはないですね。後悔はしない性格なので、もっとやれたとか、あのときこうしておけばとも思いません。もう終わったことです。ヨメにも「こんなにあっさり辞めるとは思わなかった」と言われています。

――以前は「求めてくれるチームがあれば、どこに行ってでも野球を続ける」とおっしゃっていました。

江尻 そうでしたね。でも、年齢が今年38歳になるので、それが現実的なところです。家族のこともあるし、そろそろかなと。でもそういう気持ちになったのは辞めてからかもしれないです。辞めると決めるまでは、絶対辞めてやるもんかって思っていたんですけどね。

――引退を決断するまでの経緯を教えてください。

江尻 ホークスは戦力外直前までトレードも検討してくれたようです。(10月31日に)戦力外通告を受けてからも他球団の動向を探ってくれていて、興味を持ってくださる球団もあったようなんです。それで(11月9日の)トライアウトを受けることに決めました。トライアウトは良い結果を出せましたが、その球団の事情で獲得はできないとホークスを通じて連絡をもらいました。それが11月11日。戦力外通告を受けた時点で海外に行ってまでもとか、そういう気持ちはなかったので、電話を受けた時点で「それならば辞めます」っていう感じでした。近所のスーパーで娘と買い物をしているときだったんですけどね。

――即断ですか。

江尻 次に向けて留まることがイヤなんですよ。野球にしても、ほかのことにしても。次のステップを考えていたんで、一瞬で新しいことに踏み出していきたいという気持ちになっていました。戦力外通告を受けてから十分に時間はありましたし、その間にいろいろと考えることはできましたので。

――入団前に思い描いていたプロの世界で過ごして、プロ野球のイメージに変わりはありませんか。

江尻 あこがれの世界という意味では変わらなかったですね。素晴らしい世界だったと思います。とてつもなくレベルが高くて、若い選手が次々と出てきてはアッという間にスターになっていく、すごいところでした。よくそんなところに身を置いていたなって今は思いますよ(笑)。

――生まれ変わったとしたら、またプロ野球選手になりたい?

江尻 もう1回、プロ野球選手をやりたいですね。打たれた記憶ばっかりなのに、おかしいですよね。これから会社員になりますけど、プロ野球選手があこがれであることに変わりはありません。戦力外通告を受けた日、指定の時間より早くヤフオクドームに行って、誰もいない真っ暗なグラウンドをのぞいたんです。そうして、前日(10月30日)の日本一の瞬間とか、その前日の中村晃のサヨナラホームランとかの残像を見ていたんですけど、カッコいいんですよね。「いいなー、野球やりてー」って思いました。プロ野球選手を経験して、いま一番、あこがれが強いかもしれないです。

――今後の目標を教えてください。

江尻 夢の話はひと区切りとして、今はこれまでと違う世界に飛び込んでみたいです。そこで今まで培ったことを生かせるかどうかですよね。それは「元プロ野球選手」の肩書きではなく、どんな状況でも自分を生かしていく術。それは自分の中で苦手ではないことだと思いますし、新しいフィールドで発揮できればと思います。チャンスをいただいた会社のために貢献して、自分を磨きながら、新しい可能性を広げられるといいですね。そしていつか、日本のプロ野球に恩返しできればいいなと思っています。

数々の出会いと共に訪れた転機


▲02年ドラフト自由枠で日本ハムに入団。背番号は27。その年の10月5日の近鉄戦[東京ドーム]で初登板を飾った



――2002年ドラフト自由枠で日本ハムに入団して、プロ野球人生がスタートしました。

江尻 最初に驚いたのは小笠原(道大)さんのバッティング。意味が分からなかったです(笑)。それまで大学で見てきたバッターであれば、「ヘッドが下がっている」とか「外角が打ちにくそう」とか、いろいろ感じるんですけど、小笠原さんのバッティングを見て思ったのは・・・

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