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主力が抜けた穴を次々に埋め、2014年のソフトバンクの日本一に多大な貢献を見せたユーティリティープレーヤー・明石健志。出場機会を得るため、与えられたポジションで全力を尽くしてきた結果、現在の地位を築いた。しかし、「試合に出たい」という欲求は高まるばかり。リザーブからの脱却を目指し、春のキャンプで汗を流している。
文=菊池仁志 写真=湯浅芳昭、BBM

 西武ロッテと三つどもえのペナント争いを演じた2010年のことだ。9月の声を聞いたときには守っていた首位の座を西武に明け渡して臨んだ9月14日のロッテ戦(千葉マリン)。明石健志は延長11回裏、一塁の守備固めで7月21日(対西武、ヤフードーム)以来のフィールドに立った。

 スコアは4対4、安打と四球で一死満塁のピンチを招く。西岡剛(現阪神)が放った強いゴロが前進守備の明石の正面を突いた。“3−2−3の併殺”を誰もが思い描いた、次の瞬間、ワンバウンドした送球が捕手・山崎勝己(現オリックス)の体を弾いた。ボールがファウルグラウンドを転々とする間にサヨナラの走者が本塁を駆け抜けた。「焦ってはいなかったんですが……」

 この敗戦で西武のマジックは6に減り、翌日、明石は出場選手登録を抹消された。結局、残り6試合で首位・西武と3.5ゲーム差という崖っぷちから、怒涛の5連勝を飾るなどして144試合目に奇跡の優勝を飾ることになるのだが、その歓喜の輪には当然、明石の姿はなかった。

疲れない、ケガしない理想のボディを求めて


 不動の三塁手・松田宣浩、その代役の吉村裕基に続いて、二塁を守る本多雄一がケガで離脱した14年シーズンは、その存在の大きさをあらためて知らしめた。135試合に出場した12年に次ぐ93試合に出場。先発出場は12年の128の半数の64試合だったが、2つのポジションの穴を埋める形で夏場からクライマックスシリーズ(CS)、日本シリーズまでを主力として走り抜けた。

 そのシーズンを「これまでで一番、充実していた」と振り返る。「特別な試合」となった144試合目、勝ってリーグ優勝を決めた10月2日のオリックス戦(ヤフオクドーム)ではサヨナラ打を放った松田に真っ先に飛びついた。10年の悔しい記憶を払拭するべく歓喜に浸った。

 日本一への歩みとともに、“充実”を感じたのは自身の肉体だ。試合に出続ける疲労感から「後半戦は体が動かなかった」という12年にはなかった余裕を感じていた。「体は年々、強くなっていますね。30歳を近くして、全然、疲れなくなりましたし、痛いところもなくなってきました」

 入団2年目の05年に本塁クロスプレーで右足首のじん帯を損傷し、手術。翌06年には右肩にメスを入れた。術後も痛みは治まらず、思うように投げられない悶々とした気持ちの中で、「トレーニングをしたら痛みはどうなるんだろう」と考えた。しかし、簡単には消えない痛みに思うように力も入らず、トレーニングも半ばで中断。それを本格的に再開したのが12年のシーズンだった。

 10年秋のキャンプでは、アジア大会に出場するアマチュア日本代表との練習試合でフェンスに激突して左足甲を骨折。ボルトを2本入れる手術を行った。万全な体で野球ができないもどかしさに、「自分の中で何かをやらないといけないと思っていた」と言う。

 その答えがトレーニング。「それまでは技術練習をメーンにやっていたんですが、どれだけそこをやっても、もともとの体の使い方が分かっていなかった。それがなくて技術を手に入れるのはムリだと分かったんです」

 そのオフには同じマネジメント会社に所属している縁で井口資仁(ロッテ)、鳥谷敬(阪神)の沖縄自主トレに同行する機会を得た。

「特に鳥谷さんのトレーニングに関する知識がすごくて・・・

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