週刊ベースボールONLINE

レジェンドに聞け!

第13回 門田博光「昔はサラリーマン野球じゃなかった」

 

プロ野球の歴史を彩り、その主役ともなった名選手の連続インタビュー第13回は門田博光氏の登場だ。170センチと小柄な体ながら44歳までプレーし、史上3位の通算567本塁打を放った不惑の大砲。パ・リーグひと筋で23年を歩んだ門田氏のプロ野球人生とは――。
取材・構成=大内隆雄、写真=BBM


怒りのフリー打撃、「寮の窓ガラスすべてブチ割ったる!」


門田氏の試合での打球ではなく、フリー打撃をいまのファンに見せたい、と思う古い南海、オリックスファンが案外いるのでは、と取材・構成者はひそかに思っている。ド肝を抜かれるとはまさにこのこと。

門田氏が南海からオリックスに移ったばかりの1989年春、西宮第二球場でのフリー打撃はまるで鬼神が乗り移ったかのようなすさまじいものだった。当たり損ないや、ドライブのかかった打球は1本もなく、ほとんどが120メートル級の大飛球。とにかく、外角球を流し打ってもレフトのネット上部を直撃してしまうのだから、右打者は顔色なし。何か、この人は心の中に恐ろしい怒りのようなものを抱えているのではないか、と思ったものである。


 あれはねえ、オープン戦で打率が1割台だったことに腹を立てていたんですよ。上田さん(利治監督)にも「いつエンジンかかるんや?」と言われてましたし、「門田もふけたな」なんて声も耳に入った。「ようし、見たれ」とガンガン振ったのです。センター後方の寮のガラスを全部割ってやるぞ、と(笑)。外野を走ってた投手は口をポカ〜ンと開けて見てましたワ。レフトのネットは向こうに工場があるので10メートル以上あったと思うのですが、右打者でもよう当たらん。それが、私がそこへ流し打ちを始めると簡単に最上部に当たってしまった。こりゃ、やめとこ、と(笑)。やっぱりね、こういうものを見せつけないといかんのです。上田さんはニヤリとしましたけどね。

門田氏はこの年、41歳になったというのに33ホーマー、93打点の大活躍。打率も.305で6位。それまではほとんどDH出場だったのが、プロ20年目のこの年は外野を12年ぶりに50試合以上守った。まさに不死身の男だった。

 こんな上背(170センチ)しかない男が、プロで生きていくためには、当たり前のことをやっていたのではどうにもなりません。腹筋、背筋を鍛え、さらに両腕も腕立て伏せで鍛えました。腕立て伏せはね、まず30回から始めて1日1回ずつ増やして200回までいく。そこからまた30回に戻る。こういうやり方だと持続できる。ヘドを吐きながらもやり続けました。

 バットは途中から930グラムから1キロにして振りまくった。これを自分のバットとしてモノにするには7年かかりました。不思議なものでね、やっていくうちに神仏が味方になってくれるような気がしてくる。で、人に嫌われても神仏に嫌われんようにしようと(西宮第二球場でのあの壮烈な打球は、やはり神がかり的だったのである)。

 私は、プロ入り以前から打球の速さと飛距離に引きつけられていました。これがないと魅力がないんじゃないか。あの高さでどうしてあのままホームランになってしまうのか、あれがプロの打球じゃないか、と・・・

この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。

まずは体験!登録後7日間無料

登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。

“レジェンド”たちに聞け!

“レジェンド”たちに聞け!

プロ野球80年の歴史を彩り、その主役ともなった名選手たちの連続インタビュー。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング