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レジェンドに聞け!

第31回 小山正明「私の球速は楽々150キロを超えていたと思います」

 

先頭打者から7連続奪三振の日本記録達成も下半身強化の必要を痛感。徹底的に走り込む


今回は実働21年、セ・リーグで180勝、パ・リーグで140勝という、とてつもない記録を達成した小山正明投手の登場である。両リーグで100勝ずつ勝つのでさえ至難のワザであるのに、この数字。小山氏は、セ、パ史上で、最もプロ野球の打者を知り尽くした男と言っても過言ではない。

こういう人の投手論、投球論、あるいは打者論には、ほかのどんな投手にもない説得力があるはずである。ここが今回の最大のポイントになる。

そこに行く前に、取材・構成者は小山氏に確かめておきたいことがあった。それは小山氏の全盛時代に対戦した打者たちの多くが「小山は、とにかく速かった」と言うのを聞かされてきたことで生じた“疑問”があったからである。小山氏と言えば、針の穴を通すような精密なコントロール。1シーズン13完封(62年)のミスター完封。そして“消える魔球”パームボール。これで語り尽くされたような気になってしまうのだが、そのスピードボールのすごさが忘れられているのではないか。実はこちらの方が小山正明の本領ではないのか。この推測は大当たりだった。

取材・構成=大内隆雄、写真=BBM


 当時スピードガンがあったら、私の球速は楽々150キロを超えていたと思いますよ。しかも、私のストレートはあまり減速しない。まあ、スピードというのは、打席での感覚ですから、スピードガンの数字をあまり信用してはいけないのですが。とにかく私は自分のスピードには自信を持っていましたね。

 しっかりしたカーブやスライダーを覚えるまでには、ストレート一本槍というよりストレートしか投げられなかった。それで勝負してきたんだから、スピードに自信がなければ投げられません。初回先頭打者からの7連続三振ですか?(56年3月27日、対広島)これも全部ストレートで空振り三振です。これには思い出がありましてね。山口での試合でしたが、7連続のあと、八番の恵川(恵川康太郎内野手)という選手にフルカウントから四球を出してしまったんですよ。次の打者を三振させましたから、あの四球が三振なら、先頭から9連続三振ですよ(9連続なら現在のプロ最多記録)。これはやっぱり飛ばし過ぎでした。6回ぐらいからバテましてね、逆転負けしてしまった(7回に小鶴誠門前真佐人に本塁打、さらに2点を追加され3対4と逆転された)。

 これは首脳陣に怒られましてねえ。「やめちまえ」と。前年に引退された真田重蔵さんに「カーブを少し使わんと苦しいぞ。ちゃんと練習しろ」と言われた意味がよく分かりました。その練習なのですが、アレコレ覚える前に、まずやらなくちゃいけないのはランニングなんです。私が入団した1953年、先輩投手の梶岡(梶岡忠義)さん、真田さん、藤村(藤村隆男)さんが口をそろえて言ったことは「小山、とにかくランニングや。ランニングでゼニを稼げ」でした。初めはその意味がよく分かりませんでしたが、あとになってよ〜く分かりました。強じんな下半身がないとスピードもコントロールもスタミナもつかんのですよ。

 いまの投手は、この走ることを忘れています・・・

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