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レジェンドに聞け!

最終回 金田正一「力一杯ほうれ! それが投手や!」

 

空前絶後の大記録、通算400勝を達成した大左腕。エンペラーと呼ばれたその男は、すさまじいまでのプロフェッショナルだった。プロ野球の歴史を彩り、その主役ともなった名選手の連続インタビュー。連載のトリを飾るにふさわしい男、金田正一氏が自らの野球人生を語る。
取材・構成=大内隆雄 写真=BBM


来日大リーガーにも鳴り響いた“エンペラー・カネダ”。ディマジオ、マントル、マーチンらと親交結ぶ


この連載もいよいよ最終回。しんがりは、日本プロ野球が生んだ最高、最大の投手、金田正一氏にご登場願った。

通算勝利は400勝。この数字がどれほどすごいものであるかを分かってもらうには、20勝を20年続けないと到達できない記録、というだけで十分だろう。この数字を20年ジャストのプロ野球人生で達成したのだ。ならして言えば、20年連続20勝で“カネやん”は野球人生を終えたのだ!このような超人的という表現でも、とても追いつかない野球人に、何を聞けばいいのだろうか?

マトモに行っては「この小僧っ子が」で終わり。ハナもひっかけてもらえないだろう(金田氏がプロ入りした50年は、取材・構成者はまだ1歳。実物の金田投手を見たのは68年。最晩年だった。金田氏の最高の時など知るハズもない)。ここは、大手門ではなく、城の裏側の搦め手から攻めてみることにする。それは、メジャーの大選手たちとの交友である。取材・構成者が金田氏に感謝していることが1つある。それは、あのジョー・ディマジオ(ヤンキース)を見ることができたからである。75年のロッテキャンプに金田監督は、彼を臨時コーチとして招いたのだった。


 いやあ、懐かしい話を持ち出してくれたねえ。ディマジオはもちろん、ヤンキースの連中とは親しくてね。ビリー・マーチン(元ヤンキース監督)とも仲がよかったんだ。(ジム・)ラフィーバー(当時のロッテ内野手、ドジャースで新人王)がディマジオにペコペコしていたって?当たり前や!まあしかし、昔の日米野球では、マーチンでも(ミッキー・)マントル(ヤンキース)でも1度も真剣にはやらなかったよね。そういう時代や(それでも、メジャーの選手たちは「カネダは日本のプロ野球のエンペラー(皇帝)だそうだ。このピッチャーだけは絶対打ちのめせ」と目の色を変えて向かってきた)。

 まあ、私のボールは、彼らが見ても速かったと思うよ。のちのことだけど、(トム・)ラソーダ(元ドジャース監督)が巨人の臨時コーチをやったとき、「金田のボールはすごい。こんなの見たことない」と驚いていたけどね。

スピード、制球力のバランスが最高だった50年代後半のフォーム


“神様”川上と9年対戦して被本塁打ゼロ!この集中力で20勝を続け年俸も倍々ゲームで上がっていった


うまく滑り出せたようでホッとしたが、金田氏には、通算成績のほかに、個人の打者との対決でも誇るべき成績がある。それは、あの“神様”川上哲治一塁手(巨人)に1本もホームランを許さなかったことだ。これがどれだけすごいことかというのを説明すると、金田投手は川上と50年から58年まで9シーズン対戦しているが、巨人、国鉄の本拠地球場だった後楽園は57年まで両翼わずか78メートルという狭さ。ここで金田投手は川上に234打数でとうとう1本も本塁打を打たせなかった。奪三振は41。いかに対川上の場面で集中力を発揮したかが分かる。エンペラー対神様の対決はエンペラーの圧勝だった。

 川上さんというと、テキサスヒットの印象しかないんだけど(笑)、そう、1本も打たれてなかったの。何本かは打たれていると思ったけどねえ(オトボケではなく、本当に知らなかったらしい)。

 巨人戦では65勝(72敗)しているけど、いまとはワケが違うで・・・

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