週刊ベースボールONLINE

わが思い出のゲーム

広澤克実が語る「忘れられない2試合」

 

誰にでも忘れられないゲームがある。極度の緊張、勝利の感動、そして敗北の屈辱。連載第3回はヤクルト巨人阪神で打棒を発揮した広澤克実が語る。
構成=富田庸


「横綱」と「新入幕力士」


明大時代、東京六大学リーグで史上2人目となる2季連続首位打者を獲得した。ドラフト1位、鳴り物入りでプロの世界へ。そして現役時代に所属したヤクルト、巨人、阪神でいずれもリーグ優勝を味わっている。主要タイトルは打点王2回(91、93年)だが、右のスラッガーとして90年代のプロ野球界を沸かせたことは紛れもない事実だ。そんな広澤氏に思い出の試合を尋ねると、しばらく考えたのち、「最初と最後かな」。そんな答えが返ってきた。

 忘れもしないのが僕のプロデビュー戦、1985年4月13日、ナゴヤ球場での中日戦ですよ。7回表、宮本(賢治)さんの代打として打席に立ちました。マウンドには150キロを超える球を投げるその日の先発投手、小松(辰雄)さんがいました。試合は2対3とヤクルトが1点追いかける場面。小松さんは前年に自身2度目の2ケタ勝利を挙げていて、このシーズンは最終的に17勝を挙げて、初めて最多勝を獲得したんですよ。プロ8年目、この年26歳、まさに脂が乗り切っている時期でしたよね。ベンチからは「小松のストレートは速いから、コンパクトに振ってこい!」と送り出されたんです。

 でも、いざ打席に入って球を待っていたら、何と初球にスライダーが来たんです。プロ1年目の鼻垂れ小僧である僕に、ですよ……。そして2球目もスライダー。確かにボール1個半分も曲がっているのではと思えるほどの鋭さでした。ただ、僕は直球を待ってステップしているので、対処のしようがありません。結局、最後は高めの150キロで空振り三振に終わりました。

 僕は明大時代に優勝を3度経験していますし、ロサンゼルス五輪で金メダルも獲得しました。周りの方に“鳴り物入りでのプロ入り”とも言っていただきましたけれど、しょせん、大学生は大学生。そんな若造相手に、球界の頂点に立つような投手がこんな配球をしてくるんだと……。相撲でいえば、幕内に入りたての若手力士が全力で横綱にぶつかったところ、肩透かしで敗れる。たとえるならそんな負け方。真っ向勝負で負けたのとは違う、苦い思いが残ったというのが本音でしたよ・・・

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