2016年、悲劇は立て続けに襲ってきた。右足アキレス腱断裂、そして戦力外通告。11月にトライアウトを受けるだけの肉体もなかった。それでもあきらめなかった男は2月、宮崎・西都へと向かった。 文=三浦正(スポーツライター)、写真=湯浅芳昭、榎本郁也 切れちゃダメなものがなくなった感じ
先が暗く、前は見えなかった。もう一度、今までのように思い切り野球ができるようになるのか分からなかった。それでも、
大松尚逸の心は折れなかった。
決して若くない。引退という選択肢が頭をよぎることはなかったのか。
「まったく考えなかったですね。そこだけは考えなかった」ときっぱりと否定した。
「34歳であのケガは痛いけど、それであきらめると、結局、それを言い訳にする。あのとき、あのケガがあったからとか、そういうのも嫌。向き合って、決着をつけて、ダメだったらそれもいい経験で、みんなに伝えられる。それをしないで、道半ばで(やめることが)許せなかった。だって、小学校から20年以上(野球を)やってきて。最後がそれじゃまずいでしょ」 ユニフォームを脱ぐことだけは納得がいかなかった。純粋に、沸き立つ思いがあった。
「もう一回、打席に立ちたい」 昨年5月29日、荘銀日新スタジアムで行われたイースタン・リーグの
楽天戦だった。
ロッテの大松は安打で出塁し、次打者の右前打で三塁への進塁に向けて二塁ベースを踏んだ。そのときだった。右足からがくっと力が抜け、転倒した。今までにない感覚で
「なんか、切れちゃダメなものがなくなった感じ」 痛みはなかったが、まったく力が入らない。体育座りになり、靴下の上から確認すると右足首の上がへこんでいた。何が起こったかがすぐに分かった。アキレス腱断裂だった。
すぐに救急車で病院に運ばれ、診断を受け、早ければ早いほうがいいということで1時間半後には縫合手術を受けていた。冷静になる暇もないほどに、あっという間に事態は大きく動いた。
全治6カ月の診断を受けた。手術を終え、ベッドに横たわり、現実に直面していく。
「想像がつかないケガ。(周囲で)誰もなったことがないケガ。誰も経験していない、未知の世界」。不安ばかりが募った・・・
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