一度はブレークの兆しを見せた右腕が挫折を乗り越え、ふたたび表舞台に帰ってきた。興味本位で始めた野球にのめり込み、野球歴わずか6年でプロ入り。入団3年目の2014年には8勝をマークした。だが翌15年は5勝、昨年は故障で1年間を棒に振った。リハビリ生活から何を学び、いかにして復活への道程を歩んできたのか。その野球人生を辿る。 文=井上陽介(スポーツライター)、写真=榎本郁也、BBM 苦悩の日々を乗り越えつかんだ歓喜の瞬間
待ち焦がれた2年ぶりの勝利だった。7月2日の
ロッテ戦[ZOZOマリン]で726日ぶりの白星を手にした。
「泣くかなと思ったけど、意外とそんなことなくて変な気分ですね」とはにかみながら、その表情には充実感がにじんでいた。前回の勝利は2015年7月7日、球場も相手もまったく同じ。
「運命めいたものを感じましたね」 大きな決断となった右ヒジの手術から1年3カ月が経っていた。地元でもあり、高校時代にも上がったことのあるマウンドで、何かに導かれるように小休止していたプロ野球人生を再出発させた。
忘れもしない2年前の夏。
「なんで、こんな痛いのか分からなかった」と投げるたびに右ヒジに痛みが走るようになった。野球人生で初めてのことだった。
「思ったように投げられなくて。ごまかし、ごまかしで投げている感じでした」 患部を襲っていたのは「滑膜ヒダ障害」と呼ばれる症状だった。
「ピンと来ないですよね。なんか、ささくれみたいなものが関節に挟まるというか。それで炎症が起きるんです」。
2回5安打4失点で黒星を喫した15年7月28日の
オリックス戦[ほっと神戸]を最後に表舞台から消えた。二軍で痛みが引くのを待ったが、いっこうに消えない。原因は分からなかった。
オフに入った後に痛みの原因と診断名が判明。完治させるには2通りの選択肢があった。手術するか、保存療法か・・・
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