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野球浪漫2017

広島・岩本貴裕 脇役魂を燃やして 「みんなが守ってくれている。あの日のことは忘れられない」

 


かつては何本ものアーチを描き、ファンを沸かせた地元出身のスラッガー候補。しかし精鋭ぞろいのプロの世界でスタイルチェンジを余儀なくされる。決死の覚悟で臨んだ17年。新たな輝きを放ち、確かな戦力として連覇に貢献した。
文=坂上俊次、写真=BBM

野球観が変わった13年前の“あの日”


 31歳のベテランがベンチで声をからす。攻守交代ではグラウンドに飛び出して、チームメートを激励する。代打で登場すると、バットを短く持ってボールに食らいつく。

 かつての淡白さはない。そこにトレードマークの笑顔はない。岩本貴裕は悲壮なまでの執念で一投一打に臨んでいる。

 何も、突然にプレースタイルが変わったわけではない。名門・広島商高にあって「エースで四番」として活躍した男は、“あの日”からチームへの献身を誓っていたのである。

 遠征中の夜、畳の部屋には、迫田守昭監督(当時、現広島新庄高監督)が座っていた。高校3年になった岩本は宿舎で監督から呼び出されたのである。迫田監督は試合の映像を再生しながら岩本に指摘した。

「みんなでやっているのだから態度に出すな。お前も試合がしにくくなるぞ」

 映像には、エースとしてマウンドに上がる岩本が、味方の守備のミスに明らかに苛立つ場面が映し出されていた。

「一人で投げて打ってのイメージで、エラーをされると態度に出ていました。みんなが守ってくれている。迫田監督に気づかされました。あの日のことは忘れられません」

 岩本は変わった。味方のミスも受け入れられるようになった。チームメートを信頼することで打たせて取る投球をマスターし、幅も広がった。エースで四番の中心選手は、チームのことを強く思うようになった。夏の大会前には、グラウンドの隅に設けられたビニールハウスで黙々と走り込んだ。

「暑さに慣れたい。夏の大会をしっかりと投げたい」

 チームへの思いは責任感へと変わっていった。

 3年夏には地方大会で6試合にエースとして登板。打撃面でも打率5割を超える活躍を見せ、広島商高を甲子園に導いた。高校通算52本塁打を誇る超高校級の素材は、亜大でもさらに成長を遂げた。1年秋から外野手として名門チームの四番打者を務めるようになった。さらに、3年になると投手としてマウンドにも上がり、「二刀流」の活躍でも話題になった。

鮮烈な輝きと低迷の日々


 広島育ちのスラッガーがカープに入団する。2008年秋のドラフトは、優勝から遠ざかるカープファンに夢を抱かせるには十分なものだった。しかも、翌年から新球場のマツダスタジアムがオープンする直前という、最高のタイミングでもあった。

 ルーキーイヤーから活躍は華々しかった。二軍では四番で起用され、5月28日のロッテ戦(呉)ではプロ初出場・初スタメンで初ヒットをマークした。10年には、ノーステップ打法を採り入れ、夏場の2カ月間で14本塁打をマークした。

 だが、この年が、岩本が最も輝いたシーズンだった。

「勘違いしていた部分もありました。ノーステップ打法が・・・

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苦悩しながらもプロ野球選手としてファンの期待に応え、ひたむきにプレーする選手に焦点を当てた読み物。

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