週刊ベースボールONLINE

編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

西武・森慎二の雄姿は色あせない

 

189センチの長身から150キロを超える直球と落差の大きいフォークを投げ込んだ。非常に画になる投手でもあった


 ともに戦った指揮官、伊原春樹氏が尋ねた。

「今後の夢は?」

 すると、かつて西武ドームのマウンドで仁王立ちしていた剛腕セットアッパーは答えた。

「もう一度、マウンドで思い切り投げたいな、と。投手交代でマウンドに行って、ボールを渡すんですけど、そのときには特に思ってしまいます」

 2012年9月のことだ。週刊ベースボールの対談企画で伊原氏とともに監督としてBCリーグ・石川ミリオンスターズを率いていた森慎二さんの下へ訪れた。02年、伊原氏が監督を務めていた西武でクローザーの豊田清につなぐセットアッパーとしてチームを支えていた森さん。この年、チームは90勝を挙げ、2位の近鉄、ダイエーに16.5ゲーム差をつけ、ぶっちぎりの優勝を果たしたが森さんは自己最多の71試合に登板し、6勝7敗1セーブの成績を残し、最優秀中継ぎ投手に輝いていた。

 その後、メジャー・リーグへのあこがれの思いもふくらんでいき、05年オフ、ポスティングによってタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)への移籍が決定した。

「体さえ動けば、いくらでもできると思います。1年後、笑って楽しかったと思えるように頑張ります」と決意を示していたが、すぐに悲劇が襲ってきた。06年3月20日、初登板のオープン戦、3球を投げただけで右肩を脱臼した。

「振りかぶって、ボールを投げる前に右肩が外れてしまったんです。ダラッと右腕が落ちて、その場でうずくまってしまって。本当に腕が亡くなった感覚というか。その瞬間、終わったなと思いましたね」

 07年1月、メジャー契約を解除。失意の中、復活を目指していた折、BCリーグから声がかかり、09年石川へ。投手兼任コーチとしてマウンドを目指したが、10年からは監督を務めていた。

 不完全燃焼の思いがあったから、マウンドに立つ渇望を抑え切れなかった。しかし、それも叶わず。15年、古巣・西武の二軍投手コーチに就任。16年シーズン途中から一軍投手コーチとなり、主にブルペンを担当していた。

 そして、今年6月28日、突然の訃報――。本人の無念は察するに余りある。

 しかし、目を閉じれば浮かんでくるのは150キロ超のストレートと鋭く落ちるフォークで相手をなぎ倒す姿だ。奪三振にこだわりがあり、「三振さえ取れれば、投げ方は上でも、横でも、下でも、どれでもいいと思うし、変化球に関しても同じような考えでした」。足を高く掲げ、長髪をなびかせる、ダイナミックなフォームも忘れられない。その雄姿は決して色あせることはないだろう。
文=小林光男 写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング