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プロ野球デキゴトロジー/8月12日

球団社長の死去で虎が一時失速【1985年8月12日】

 

5連敗となった8月18日の広島戦(広島市民)で審判に抗議する吉田監督。終わってみれば、優勝へ向け、最後の壁となった時期ともいえる


 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は8月12日だ。

 1985年8月12日夜、羽田発大阪・伊丹行きのJALボーイング機が、群馬県の御巣鷹山に墜落。乗客・乗員524名のうち520名が亡くなる大惨事となり、阪神電鉄の専務を兼ねる中埜肇球団社長(63歳)も亡くなられた。

 このとき阪神は本拠地・甲子園が高校野球で使用されるため、いわゆる“死のロード”に出ていた。例年、移動の過酷さ、夏場の疲れもあって一気に失速することが多いためにつけられた異名だが、2位でスタートする長期ロードを前に、吉田義男監督は「今年から死のロードではなく、生き残る、生のロードにしたいと思います」と宣言。言葉どおり、初戦から5連勝を飾っていた。

 福岡・平和台での中日戦の後、ナインが意気揚々と東京に移動した8月12日、事件の一報が届く(17日、中埜社長の遺体が家族により確認された)。

 吉田監督は「関係ありません」と言っていたが、ここでイケイケで勝ち進んでいたチームの歯車がほんの少しだけ狂った。

 翌13日からの巨人3連戦(後楽園)に3連敗、その後、広島戦(広島市民)に2連敗、20日、横浜での大洋との初戦にも敗れ、6連敗。順位も3位となった。当時の阪神は1964年以来、優勝から遠ざかり、下位に低迷することも珍しくなくなっていた。いつもであれば、このままズルズル落ちても、なんの不思議ではない……。

 ただ、この年の阪神は違った。ふたたび快進撃を始める。以後、2連敗が2度も3連敗は一度もなしの盤石の戦いが続く。27日には首位を奪回し、そのままリーグ優勝、西武を破っての日本一まで突っ走り、日本中が虎フィーバーで沸きに沸いた。

写真=BBM

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