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懐かしの助っ人

メジャーで打撃コーチを務める元中日の左打者

 

メジャー通算265本塁打をマークしたマット・ステアーズ


現在はフィリーズで打撃コーチを務めるステアーズ(写真=樋口浩一)


 1990年代、中日でプレーしていた助っ人、マット・ステアーズが今季からフィリーズの打撃コーチを務めている。昨季まではフィリーズの本拠地フィラデルフィアで野球解説者だった。

「仕事としてはずいぶん違う。でも野球に携わっていられるのはうれしいね。若い選手たちと一緒に頑張るのは楽しいよ」

 8月初めに会ったとき、こう話してくれた。

 175センチ、100キロとずんぐりした体型の左打者だったステアーズのことを知る日本のファンは少なくないと思うが、中日時代のプレーを覚えている人は少ないのではないだろうか。なにせ1993年6月に入団し、その年限りで退団。60試合に出場しただけで打率.250、6本塁打、23打点の成績だった。同年在籍していた、現在アストロズで打撃コーチ補佐のアロンゾ・パウエルに比べると、まったく影の薄い存在だった。すなわちステアーズはその後のメジャーでの活躍で、日本にいたことが有名になった選手であろう。

 来日前は92年と93年途中までエクスポズ(現ナショナルズ)で計19試合に出場して打率.211、7打点。本塁打はなかった。94年にアメリカ球界に戻りレッドソックス傘下2A、ニューブリテンでプレーした。翌95年にレッドソックスでメジャーに復帰。96年にはアスレチックスに移り、ここでメジャーに定着する。97年に27本塁打、73打点、98年は26本塁打、106打点、99年には38本塁打、102打点と活躍した。

 晩年は代打で存在感を示した。2011年のナショナルズを最後に引退するまで、メジャー19年間で12球団を渡り歩き、通算1895試合で1366安打の打率.262、265本塁打、899打点の成績を残した。通算代打本塁打23本はメジャー記録である。また、通算本塁打数に関して言えば、カナダ人としてはロッキーズなどで383本塁打を放ったラリー・ウォーカーに次ぐ数字である。

 現役時代の最高の思い出は、フィリーズ時代の08年に経験したワールド・シリーズ優勝。特にドジャースと対戦した同年のナ・リーグ優勝決定シリーズ、2勝1敗で迎えた第4戦、8回の代打勝ち越し本塁打は個人的に思い出深いという。

「日本の選手に刺激を受けた」


中日では60試合に出場し、打率.250、6本塁打、23打点だった(写真=BBM)


 さて短かった日本時代には、どのような思いを抱いているのだろうか――。

「とても貴重な経験だった。日本の球場はどこも観客の熱気がすごかった。あのときのドラゴンズには落合(博満=前中日GM)さんというすごい打者がいて、それに大豊(泰昭)、立浪(和義)、川又(米利)といった選手たちがいて、いいチームだった。日本の選手たちが一生懸命練習するのを見て、とても刺激を受けた。若いときに練習の大切さを知ったのは、その後の野球人生においていいことだったと思う」と振り返った。そして「アメリカと違う野球に触れたことは、さまざまなタイプの打者を指導する上でプラスになると考えている」と言った。

 フィリーズは元ヤクルト、近鉄で活躍したチャーリー・マニエル監督の下で07年からナ・リーグ東地区5連覇。その間、08年と09年にワールド・シリーズに進み、08年にはレイズを下して28年ぶりで王座に就いている。ところが12年から目下、5年連続で勝率5割以下。今季も地区最下位に沈んでいる。

 いま、チームは再建期にある。27歳の遊撃手フレディー・ガルビス、25歳の捕手トミー・ジョセフ、24歳の三塁手マイケル・フランコといった、若い才能がそろっている。

 ステアーズは「私は長距離打者ではなく、中距離打者だった。現役時代の自分のように野手と野手の間に強い打球を打つことが基本だと思っているが、選手の長所を伸ばしていきたい」との方針を持っている。49歳の新米打撃コーチは、若い選手たちとともに毎日汗を流している。

文=樋口浩一
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