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日本シリーズ回顧録

【日本S回顧03】星野劇場、グランドフィナーレ【2013年】

 

今年で68回目を数える日本シリーズだが、印象的な激闘は多々ある。ここでは過去の名勝負、名シーンを取り上げていこう。

日本シリーズ前に描いたシナリオ。主演の選手にすべてを託した


4勝3敗で巨人を下して、胴上げで9度舞った星野監督


 星野流を貫いた。2013年11月3日、自身4度目の日本シリーズで、巨人を倒して初の日本一。「9年目で日本一になった。選手のおかげ。よく、私の罵倒に耐えた」と、勝利監督インタビューで笑顔を爆発させた。自分は決して表に出ようとせず、何度も何度も選手を褒める。1年間戦い抜いてきた選手と、その魂を信じる人情野球が、結実した瞬間だった。

 自身を“演出家”と位置づけ、日本シリーズを舞台に見立てた。第7戦の試合前「ここまで連れてきてくれた選手に感謝。舞台は整いました。あとは選手がどう演じてくれるか。私は舞台の袖で見ています」と、穏やかな表情で語った。

 シリーズを通して、大筋、描いていたシナリオがあったように見える。第5戦の先発は辛島航。5回1安打無失点の辛島を迷わず下げ、2番手で則本昂大を投入。第1戦先発から中4日、その年15勝の大型ルーキーを起用した。7回に村田修一のソロで1点差に追い上げられると、9回、続投させた則本を見送った後、ベンチで手を合わせて祈った。「オレはコイツと心中する」。そんな決意が見えたシーンでもあった。

 その則本が9回に同点に追いつかれる。一死一、三塁、またも村田に同点適時打を食らった。だが延長10回、マウンドには則本の姿があった。「もう自分で責任取れ! と」。これは2年前、田中将大について語ったセリフと重なる。ルーキーが、将来の大エースへの階段を登り始めた瞬間かもしれない。延長で味方が勝ち越し。奮闘実り、王手がかかった。

 誰もが日本一を確信した。第6戦の先発は、シーズンで24勝0敗、ポストシーズンでも負けなしの田中。1失点完投勝利した第2戦から中5日、万全に近い状態で臨める。死角なしかと思われた仙台での試合で、落とし穴はあった。5、6回に4失点。初黒星。想定外過ぎる第7戦が決定した。

 その試合後、星野監督は語った。

「良いとか悪いとかじゃなくて、これだけ投げてくれて、最後に黒星がついたけど、感謝している」

 敗戦の焦りなどみじんも感じさせず、その表情には笑顔があった。その直後に行われたミーティングで「明日はうれし涙を流させてくれ」と語った。もう誰も怒るつもりはない。ただ信じるだけ。余計なプレッシャーは与えず、第7戦を迎えた。

「魅せる野球」が高めたチーム、ファンの一体感


160球完投の翌日、志願の連投で胴上げ投手になった田中


 待ったなしの最終戦、マウンドには中4日で美馬学。前回登板は好投しながら6回途中で打球を右足甲に受けて降板。「最低でもヒビが入っている」と星野監督は覚悟したが、奇跡的にも異常なく、大一番での先発を任すことができた。6回1安打無失点。文句なしの好投だったが、この日も指揮官はスパッと交代。大歓声とともに、則本が出陣した。2回無失点。そして、最後にマウンドに上がったのは、前日160球完投で投げ抜いた田中だった。

 Kスタ史上最大級ともいえる大歓声が、田中を後押しした。レギュラーシーズン、CSファイナルステージに続き、今季3度目の胴上げ投手。試合前「ブルペンに入れる。本人が『行けます』と言ったから。リードして(田中に)代えたら、やる子だよ」と、田中の起用に前向きなコメントを残していた。演出家、星野仙一の真骨頂だった。

 普通なら160球の力投の後に連投など、今の野球では考えられない。だが本人の意思を最優先させるのが、星野流だ。第6戦「120球くらいかなと考えていた」と、7回での降板を進言。それでも「行きます」と意欲を見せたエースの心意気を買った。この日のブルペン待機も、本人の意思。「ええ加減にせえよ」と言ったが、その表情にはうれしさのような笑みがあった。

 野手起用についても同様だ。第5戦で左ふくらはぎに死球を受けた藤田一也を、その後もスタメンで起用した。試合後は車イスで引き揚げるほど、肉離れ寸前だった男の「出ます」という気合を認めた。1年間、「12球団No.1」と絶賛する守備力でチームに貢献。ここまで頑張ってきた男の気持ちを、一番に考えた。

 その効果が一番表れたのは球場、ファンだろう。スタメン発表で藤田の名前が、最終戦の9回で田中の名前がそれぞれコールされたときの、地鳴りのような歓声と拍手。選手のパフォーマンスに直接結びつくかは分からないが、それによって球場の一体感を高め、見る人に「面白い」と思わせる要素を植え付けた。星野監督なりの「魅せる野球」は、このシリーズにいくつも散りばめられていた。

自身の美学の証明。そしてまた次の舞台へ


 待ちに待った星野劇場の集大成。今季3度目の胴上げで、最多の9度、宙に舞った。お立ち台で「就任当初、大震災で苦労なさってる人を見て、日本一になってみんなを癒やしてあげたい。それしかないと思ってやってきました。まだ苦しんでいる人もいるけど、すずめの涙でも癒やしてあげたいと、考えていました」と語ると、2万5000人を超えるファンから拍手。

「まだ、短期決戦で、かろうじて王者巨人を、1勝の差でやっつけた。でも、巨人よりまだ力は落ちる」

 戦力で劣ることを認めながら「ただし今年は、選手がやっつけてくれた。ひたむきに7連戦。頭を下げて必死に戦い抜いてくれました」と、演出家は主演者たちを称え続けた。

 中日阪神、そして北京五輪。情にもろいとされる采配が裏目に出て、短期決戦に弱いと言われることもあった。

「オレは日本一になってない。確かにそうだ」

 自身も認めている。だが、今回のシリーズに象徴されるように、選手を信じて使うことは、今も昔も変わらない。それで負けてしまっても、何の後悔もないだろう。心の野球で勝てることが、ようやく証明されたといえる。

写真=BBM
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