近年は少なくなってきたが、プロ野球の長い歴史の中でアッと驚くようなトレードが何度も行われてきた。選手の野球人生を劇的に変えたトレード。週刊ベースボールONLINEで過去の衝撃のトレードを振り返っていく。 契約更改後の異例の放出劇
楽天から移籍後、横浜では2011年から13年夏までプレーした
[2010年オフ]
楽天・
渡辺直人⇔横浜(金銭)
それは一種異様な光景だった。その年、パ・リーグ6位の打率.318をマークした鉄平が、契約更改後の会見で涙を浮かべていたからだ。
鉄平だけではない。
草野大輔も会見の途中で目頭を押さえ始め、その後に登場した
嶋基宏も号泣した。この日、契約更改を終えた楽天の3選手が、そろって“悔し涙”を流したのだ。
それは鉄平がわずか1000万円増の年俸1億3000万円でサインしたからでも、草野の年俸が5300万円にダウンしたからでもなかった。嶋に至っては、年俸2900万円から5800万円に倍増していたのである(金額はすべて推定)。
涙のワケは一つ。鉄平のセリフがそれを物語っていた。
「一番、尊敬する先輩でした。でも、こういう形で別れるとは思っていなかったので、とても悔しい……」
3人が涙したのは、その前日に横浜への金銭トレードが決まった渡辺直人のためだった。
渡辺は2007年、社会人の三菱ふそう川崎から大学・社会人ドラフト5巡目で楽天に入団すると、
野村克也監督の抜てきで正遊撃手に定着。俊敏な守りだけでなく、しぶとい打撃と俊足で09年には球団初のクライマックスシリーズ進出に貢献した。
だが、野村監督に代わってブラウン監督が就任した10年。初めて規定打席到達を逃すと、オフの12月9日に自主トレ先の千葉から呼び出され、トレードを告げられた。すでに契約更改まで済ませた後の放出劇は、きわめて異例のことだった。
通告後の会見では最初は気丈にふるまっていた渡辺だったが、楽天ファンへのメッセージを求められると、途中で言葉に詰まった。
「仙台のファンは本当に熱くて、温かく……応援してくれました」
ファンのことを思うと、涙がこみ上げてきた。その翌日、鉄平らが男泣きしたのは、そんな渡辺の姿を見ていたからだった。
西武戦力外から再び……
西武での5年目を終えた今オフ、戦力外通告を受けた
若い選手の多い楽天にあって、精神的支柱でもあった渡辺が突然放出されたのは、
松井稼頭央、
岩村明憲と、そのオフに相次いでメジャー帰りの内野手を獲得したためと言われた。また、ポスティングでメジャー挑戦を目指していた
岩隈久志の交渉が破談となり、アテにしていた移籍金が入らなかったことも理由の一つとの報道もあった。
「楽天では最高の仲間と最高の野球がやれた。ただ、今は横浜の一員として、ここに座っている。死に物狂いでやろうという気持ちです」
そう言って新天地に飛び込んだ渡辺は、
藤田一也との争いに勝ってセカンドの定位置をつかんだ。しかし、横浜は安住の地にならなかった。球団が
DeNAとして再出発した12年はケガで出番が減ると、13年の夏に西武へトレードされたからだ。
この年、古巣の楽天は悲願のリーグ制覇を達成。皮肉なことに優勝を決めたのは、渡辺のいる西武との試合であった。歓喜に沸くかつての仲間の姿がそこにあった。
その後、西武でベテランの味を発揮した渡辺。「自分でもライオンズの生え抜きだと思うときもあるくらい」とチームへの強い愛着を口にするようになったが今オフ、戦力外通告を受けた。楽天への復帰も取りざたされているが、それが実現すれば8年ぶりの古巣復帰。くしくも松井稼頭央は楽天から15年ぶりに西武のユニフォームを着ることになったが、渡辺は果たして……。
写真=BBM