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トレード物語

【トレード物語21】メジャー行きが閉ざされて巨人へ【1998年】

 

近年は少なくなってきたが、プロ野球の長い歴史の中でアッと驚くようなトレードが何度も行われてきた。選手の野球人生を劇的に変えたトレード。週刊ベースボールONLINEで過去の衝撃のトレードを振り返っていく。

巨人が再度猛アタック


この時点でメジャー行きの夢が実現しなかった野村(左。右は深谷球団代表)


[1998年1月]
オリックス野村貴仁巨人木田優夫

 キャンプインまであと3週間という時期的な観点からいえばオリックス・野村貴仁と巨人・木田優夫のトレードは“電撃”といえたのだろうが、内容的には、落ち着くべきところに落ち着いたといったほうがいいだろう。

 発端はオリックスの野村がメジャー・リーグ行きを熱望したことから始まる。オリックスもその希望に沿ってメジャー球団と交渉を開始。しかし、97年12月上旬、メジャーのコミッショナー事務局がFA選手、自由契約選手以外での日本人選手のメジャー移籍を凍結したため、野村のメジャー移籍の道が事実上、閉ざされた形となった。
 
 これを受けて、シーズン途中から野村の調査を進め、シーズン終了直後には水面下で獲得を打診していた巨人が、オリックスに再度猛アタック。これに対し、オリックスは交換要員として、契約交渉がもつれ、「望まれた球団でやるならトレード歓迎」というムードだった木田を指名。ただひとつ、97年9月に遊離軟骨除去手術を受けた木田の右ヒジの回復状況が障害になっていたが、この件についてもオリックスは慎重な調査を積み重ねた結果、「問題なし」と判断。その後は両球団の話し合いがトントン拍子に進み、1月13日の正式発表と相なった。

 96年の巨人対オリックスの日本シリーズで松井秀喜を完ぺきに封じ込めた野村を「左のストッパー」として高く評価していた巨人と、同シリーズで2試合に登板し、7回1/3を投げてヒットを1本も許さなかった木田に惚れ込んでいたというオリックスとのトレード成立は、まさに相思相愛の恋が実ったようなものだ。

 当事者の2人も、このトレードに不満はなさそうで、野村が「メジャーへ行くことを考えて、向こうで162試合の半分の80試合は投げるつもりで調整していたから、日本でもそれくらい投げるつもりでやって、長嶋(茂雄)さんを胴上げしますよ」と語れば、木田も「今まで一緒にやってきた仲間と野球ができなくなるのは寂しいけど、オリックスはやりがいのあるチーム。先発でもリリーフでもバリバリやりますよ」と、2人とも闘志をみなぎらせた。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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