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石田雄太の閃球眼

【石田雄太の閃球眼】神戸にいるマスクマン

 

マーリンズをFAになったイチロー。2018年は果たして、どの球団でプレーすることになるのだろうか


 つきあいの長い車の凄腕ディーラーが、興味深い話をしていた。

「中古車の査定をするとき、走行距離はもちろん重要な要素ですけど、それだけで判断はしません。車の外回りに細かい傷がないか、車内がどのくらい綺麗に保たれているかということも重要なポイントです。それは車が綺麗かどうかを見たいからではなく、この車のオーナーさんがどういう意識で車に乗っていたか、というところを見たいからです」
 
 意識の低いオーナーが乗っていた3万キロの車より、意識の高いオーナーが乗っていた10万キロの車のほうに高値をつけることもあるのだとか……そんな話を聞いていてふと連想したのが、44歳のメジャー・リーガーのことだった。

 イチローはこのオフ、マイアミ・マーリンズが契約更新のオプションを行使しなかったため、フリーエージェント(FA)になった。そしてクリスマスを迎えても、2018年にプレーするチームは決まっていなかった。

 ネックになっているのは年齢だと、話を聞いたメジャーの球団関係者は口を揃える。彼らは決まって、44歳の選手が1年間、フレッシュな状態でプレーできるわけがないと決めつけている。おそらく、今のイチローがメジャーで“一番・ライト”として、シーズン200本安打を打てるというところまでイメージできる野球好きは少数派だろう。しかし、イチローはそんじょそこらの44歳ではない。

 イチローは、車にたとえるなら極めて意識の高いオーナーが乗ってきた、極上の中古車なのだ。走行年数は44年でも、車内の手入れを怠らず、エンジンオイルをこまめに入れ替え、ボディの傷がつかないように慎重に、かつ走るべきところではフルスロットルで走らせてきた、この世に一台しかないスペシャルな車なのである。このオフも神戸で練習を続けるイチローの動きを見ていると、衰えという言葉がいかに彼とは無縁であるかをあらためて思い知らされる。一緒に練習する20代の選手よりも足は速いし、肩も強い。思えばイチローは、こう言っていた。

「だってチーム(マーリンズ)の中で走ったら、僕がほぼ一番速くて、投げても一番肩が強くて……それで打つことだけ、なぜ年齢のせいにされるのかなって思っちゃうじゃないですか。自分の中ではつじつまが合わないんです。ああ、衰えたんだなって思えたら、楽ですよ。でも、そうじゃないことが体感として分かってますし、そうは考えられない理由が僕の中にはハッキリとありますからね」

 イチローが20年もの間、地道に続けてきた初動負荷トレーニング。最近、開発された『初動負荷カムマシン』には、意外な効果があることが分かってきた。マシンを開発したワールドウイングの小山裕史さんによれば、トレーニング中のイチローの血液を調べ、全身へ酸素を運搬するヘモグロビンの濃度を割り出したところ、イチローの血液には相当量の酸素が取り込まれていることが分かった。筋力トレーニングをすれば血中から酸素が失われるのが普通なのに、イチローの血中酸素は増えている。血中の酸素が多ければ、それだけ筋肉にも十分な酸素が送り込まれ、フレッシュな状態が保たれる。疲れにくいのもケガからの回復が早いのも、そのためだ。イチローの肉体が若々しい理由は科学的に証明されている。

 数字や机上のデータに支配されつつある最近のMLBにあって、イチローの「1973年10月22日生、44歳」というプロフィールは、データさえも見るに至らない先入観を与えてしまうらしい。しかしながら、もしイチローがマスクをかぶり、一切のプロフィールを明かさずにプレーしたら、“一番・ライト”でオファーする球団は必ずある。それは、神戸での練習を見れば、誰もが納得するはずだ。逆風を跳ね除け、力強いスイングで神戸のライトスタンドへ立て続けにホームランを叩き込むイチローのバッティング。キャッチボールの距離をあっという間に伸ばして、低い弾道での遠投で感嘆を誘う強肩。前への凄まじい推進力を感じさせる脚力――どれをとってみても、年齢を感じさせない動きなのだ。

 だから冗談抜きで、神戸にいるマスクマンのプレーを、先入観を取り払ったメジャーのGMたちに見てほしい。マスクマン・イチローなら、すぐにでもメジャー契約のオファーが届くに違いない。

文=石田雄太 写真=GettyImages
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