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石田雄太の閃球眼

【石田雄太の閃球眼】メジャーが求めた人材

 

日本ハム時代の中垣征一郎さんとダルビッシュ有


 ずっと、気になっていた。

 一昨年までファイターズのトレーニングコーチを務めていた中垣征一郎さんが、去年の2月10日、突如として、ファイターズを去ることが球団からリリースされた。

 そのニュースは衝撃を持って受け止められた。なぜ中垣コーチが、あんな時期に……しかも中垣さんがサンディエゴ・パドレスに移るという話が広がると、大谷翔平のメジャー行きとの関連があちこちでささやかれた。やれパドレスは大谷目当てで中垣さんを引っ張っただの、大谷の情報が欲しいからだの、その手の噂には尾ひれがつく。

 ようやく、そんな雑音から解放された中垣さんは、苦笑いを浮かべながらこう言っていた。

「だって、大谷がそういうことで左右される人であるはずがない、ということは、彼の周りにいる人はみんな分かってましたからね」

 パドレスがファイターズに対して「ナカガキが欲しい」と申し入れをしたのは、一昨年のこと。中垣さんがダルビッシュ有とともにレンジャーズに在籍していたときのスタッフが、パドレスに移っていたのである。当時はレンジャーズのスカウト部長で、現在、パドレスのGMを務めるA.J.ブレラは、中垣さんにこんな質問を浴びせ続けていたのだという。

「ナカガキ、話を聞かせてくれ。日本からすごいピッチャーが出てくる。ダルビッシュはアメリカでもケタ外れの存在だ。なぜだ。ナカガキはどんなことをしてるんだ」

 そんな問いかけに、どう答えていたのか、中垣さんは言った。

「僕が興味を持って取り組んできたのは、人体の構造が重力下で爆発的に力を発揮するためにはどう動けばいいのか、ということです。そのためにどういう体力が必要で、その体力にどんな技術をかみ合わせれば、野球の場合なら投球や打撃という動作の中で爆発的な力をうまく発揮できるのか……そういうことを追求してきました。つまり、僕が考えているのは体力を運動技術にどう活かすかということなんです。野球の投打の中で体の使い方はどうなっているか……そのことはそれぞれの選手の個性を見ながら、投手コーチや打撃コーチたちと一緒に見極めて、成長の手助けができればと、いつも考えてきました」

 中垣さんがフォームを指導すると、投手コーチの領域に踏み込んでいるのでは、と煙たがられる。中垣さんがケガ人の起用法について意見すると、トレーナーの領域に踏み込んできたと痛くもない腹を探られる。プロ野球選手の経験がなく、ユニフォームを着ない、背番号もないコーチとは、そういうことでもある。しかし栗山英樹監督はこう言っていた。

「中垣はケガがまだ万全じゃないときでも、ここまでならできる、こういう動きなら大丈夫というところを見極めて、現実的な落としどころを見つけてくれたよね」

 その点について、中垣さんはこんなふうに話している。

「選手のケガはフィジカルだけで解決しようとしても無理なんです。フィジカルと技術は、一枚岩の上に乗っていますから……」

そんな中垣さんを欲しいと、メジャーの球団が日本の球団にオファーしてきた。能力が評価されて日本の球団からメジャーの球団へ移籍した選手はあまたいても、それがコーチとなると、これはある意味、快挙である。結果、中垣さんはパドレスで新たな挑戦をする覚悟を決めた。そして去年の2月、アメリカへと旅立った。

 中垣さんのパドレスでの肩書きは“Director,Applied Sports Science”。スポーツ科学を応用する部門の責任者、ということか。中垣さんは苦笑いを浮かべた。

「よく分からないでしょ。僕もよく分からない。でも1年間、できることはやってきました。コーチも選手も、食いついてきてくれる人は少しずつ増えてきましたよ」

 中垣さんが口にする理論に、最初は首を傾げていたコーチや選手は、効果を体感することで歩み寄ってくる。結果を残せば認められる選手と違って、劇的に前へ進むことのない世界で、中垣さんの試行錯誤は続く。アメリカの広範囲に散らばるパドレス傘下のマイナー球団の選手たちを見て回る日々。一人で移動し、仕事を見出し、立ち位置を確保することは容易なことではない。中垣さんは言った。

「でもね、こっちにはすごい選手がいっぱいいるんですよ。持ってるモノが違う。そういう選手に動きの着眼点を1つ教えると、あっという間に変われるんです」

 栗山監督が全幅の信頼を置いた、フィジカル、トレーニング、運動技術のプロフェッショナル。中垣さんはアメリカで、選手とはまた違う形で戦っている。

文=石田雄太 写真=BBM
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